密室アクアリウム

(23)

 それは相変わらずの質量だった。犬飼に腰を支えられながら身体を持ち上げ、入り口に切っ先を宛がっただけで、息を呑むほどの大きさと、熱さ。身体は慄くのに、興奮しきった神経では期待さえも抱く。
 犬飼の、欲と心配の色が混じった視線が大河を見上げる。

「仲宗根……」
「平気だっつってんだろ……」

 獣のような荒い息は、どちらのものか分からない。それだけ互いに興奮し、求めていた。

「ゆっくり、いれるぞ」
「……、っ」

 犬飼の支える力が弱まり、切っ先がめり込む。それだけで全身が粟立つような、歓喜とも恐れともつかない感覚を覚えた。裂けてしまうのではないかと思うくらい入口を広げながら、太い亀頭が中に侵入してくる。

「は、ぁ……っは」

 苦しくて、熱い。限界まで広げられた後孔が痛くて、うまく呼吸ができない。は、は、と短く息を吐きながら犬飼の肩を掴んで体重を支えるが、一瞬でも気を抜けば震える脚から崩れていきそうだ。

「仲宗根……」

 眉間をきゅっと寄せて苦しそうな表情をした犬飼の手が、大河の上気した頬に添えられる。犬飼もこの中途半端に挿入した状態は辛い筈だ。
 見上げる視線に求められるがままに、大河は唇を重ねた。そうやって暫く呼吸を整える。

「今、動くから」 
「辛いだろ」
「気遣いなんていらねえよ。前は強引にいれたじゃねえか」

 あの時、凶器が強引に押し進んでくる感覚は、痛みと苦しさに混乱した頭の中ではっきりと恐ろしいと感じていた。それは確かだが、別に意地悪のつもりで言った訳ではなかった。犬飼は言葉を詰まらせ、俯きがちに「悪かった」と呟く。

「責めてねえよ……ってか、俺も」

 犬飼との間で限界まで張り詰めたものは、痛みを感じるほど勃起していた。だらだらと液を溢れさせながら、解放されることを切望している。

「早く欲しい、から……お前が」
「……」
「いれる、全部」

 このままでは到底満足できない。犬飼の熱く猛ったもので、奥まで貫いて欲しい。犬飼で、すべてを満たして欲しい。
 自分のものとは思えない思考に大河は戸惑いつつも、犬飼を欲する気持ちは簡単に抑え込めるようなものではなかった。
 犬飼の支えで、少しずつ下半身を落とす。確実に増す圧迫感は相変わらず快いとは言えないが、反面、充足感もあった。

「っは、う、ぅ……っん」

 根本まで呑み込み、身体の力を抜いて犬飼の胡坐の上に座る。肉壁に包まれた犬飼の雄がドクドクと脈打っている。中に入っているのだと、一つになったのだと、触れ合う箇所から知らされる。

「苦しくないか」
「っく、苦しいに決まってんだろ……」

 もたれかかるようにして、汗ばんだ身体で犬飼を抱き締める。犬飼が苦しげに、肩口で息を吐いた。

「悪い、少しだけこのまま……」

 熱くて、頭が湧きそうで仕方がない。部屋の空気が皮膚を刺すように冷たいものだということは、とっくに念頭になかった。
 犬飼の手が、優しく頭を撫でる。埋めていた顏を上げて見遣ると、再び犬飼にキスをされた。
 柔らかく滑らかな唇。整った歯列。火傷しそうに熱い舌。一つ一つ確認するように絡め合う。犬飼とのキスは、激しさもあるが、どこか心が落ち着くような気もする。

「ん、……っふ」

 酸素も行き足りず茫然とした思考の中、どうしてか大河は思い出した。初めてこの男とキスをした時のことを。
 風呂場で溺れ混乱に陥る大河の唇を、犬飼は突然塞いだ。キスというよりは、食われているようだった。口内を蹂躙し、唇を嬲り、吐息を奪い尽くすかのように強引だった。
 あの時、大河は犬飼の頬を殴った。恐ろしいと思ってしまったからだ。

「は、……っなか、そね……」

 今はそうは思わない。自分を受け入れてくれた犬飼を、大河自身も受け入れてやりたい。自分に似て無愛想で、武器用で、言葉が足りない、奇妙な男のことを。

 口内の粘膜も、真っ赤な舌も、唇の端にあたる吐息もすべて熱い。互いの唾液で濡れた唇を離すと、犬飼の黒い瞳と目が合う。

「っ……」

 軽く身体を浮かせ、再びゆっくりと沈める。腫れているように赤みを帯びた入口を、硬いものがぎちぎちに押し入る感覚が苦しい。熱塊が腹の中をいっぱいに圧迫するため、動きはぎこちなかった。
 ゆるゆると緩慢な挿入で、得られる刺激はお互い物足りないと分かっていた。犬飼の方が、弱い刺激に苦しげな表情をしていた。

「悪ぃ、な……うまく動けねえ」
「無理はしなくていい。辛い思いはさせたくない」
「何言ってんだよ、お前こそ……」

 前後に揺らせば、濡れた結合部から小さな水音が鳴る。淫靡な音は神経をより高ぶらせるが、微弱な快感だけでは熱は中途半端に燻り続けるだけだ。

「仲宗根が楽になるまで、このままでいい」

 犬飼の手が、既に限界に近い大河の雄に触れ、そのまま上下に扱き出した。溢れ出す先走りのおかげでぬるぬると滑り、直接的な快感が背骨を突き抜ける。

「ん、っ……あ、犬飼」
「いってもいい」
「っ、ぁ……ッ、まだ……」
 
 親指と人差し指とで作った円で、ぎゅっと強めに絞られながら扱かれるとたまらなく気持ちいい。長らく蓄積した熱を解放したい欲求はあったが、大河はそれを押し止めた。
 犬飼の手の動きに合わせ、腰を上下させる。前への愛撫のおかげか、感じる圧迫感は少なく、大胆に抜き差しした。外に抜け出る直前まで持ち上げいっきに腰を落とすと、息が止まるほどの衝撃が襲う。

「仲宗根……すごく、気持ちいい」

 犬飼の熱塊が、ゴリゴリと腹の中を押し進む。硬いそれの先で中の前立腺を擦られると、強すぎる快感に今にも悲鳴が出そうだった。

「あっ……ひ、うゥ……っん、あ!」
「っ……いきそう」
「あ、あ、――ッ」

 先端に爪を立てられ、犬飼の腹に白濁を飛ばした。暫く堰き止めていた液体は数回に分けてとろとろと溢れ出す。同時に、中の締め付けで犬飼も達していた。

「っは、あ、……は……っ」

 身体の力が解け、犬飼の身体にもたれかかった。男の胸も荒く上下し、呼吸を取り戻そうとしていた。

「ん、は……熱ぃ」
「仲宗根……」
「あ……?」
「……足りない」

 埋めていたゆっくり顔を上げれば、情欲の浮いた視線に捉えられる。逃げようという気はない。それに絡めるように、大河は緩慢な動作で犬飼の唇に噛みついた。

86/96 融解

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