密室アクアリウム
(22)
犬飼の身体を見るのは初めてだった。前に一度抱かれた時、衣服を剥がれたのは大河の方で、犬飼は最後まで制服姿だった。
「……暑い」
そう呟きながら犬飼が一枚ずつ服を脱いでいくのを、大河は黙って下から見上げていた。寒さや暑さなどは感じないのではなかったのか。
「さっきは寒くないって言ってたのに、暑いのかよ」
「そんな気がするんだ」
犬飼の姿は、視界にやや暴力的だった。ブレザーを脱ぎ、シャツを脱ぎ、床に放り投げる。晒された犬飼の裸は、意外にも程よく筋肉に覆われ、綺麗に引き締まっていた。生気はなく、恐ろしいほど生白い。
犬飼の手がスラックスにかかる。金属音を立ててベルトが引き抜かれ、スラックスとともに下着まで取り払われる。その下には、大河と同じくらい硬く勃起した性器があった。
「じろじろ見られると恥ずかしい」
大河はそう言われて初めて、犬飼の一挙一動を凝視にしていた自分に気づいて顔が熱くなる。
「お前でも、そんなこと思うんだな」
「当たり前だ」
いつのも制服姿の犬飼は、どちらかと言えばすらりとして細身に見えた。しかし衣服を取り払った身体は存外頼りがいのありそうなものだった。それも意外だが、事に及ぼうとしているには白すぎで熱の感じられない肌と、下肢で屹立しているものとのギャップが何だか不思議だった。
「仲宗根」
腕を引かれて上体が起き上がる。抗うことなく従えば、胡坐をかいた犬飼の上から、対面して脚で挟み込むように座らされた。触れ合った身体は、見た目とは逆に熱い。
「犬飼、これは……」
「何?」
犬飼によって限界まで高められた大河の雄も、いまだ威勢を失っていない。犬飼と対面して密着すれば、勃起した互いのものが腹と腹に挟まれてぶつかる。しかも溢れ出た先走りでぬるぬると滑るのを感じて恥ずかしい。
至近距離から覗き込むような視線に耐えられず顏を背けようとするが、顎を掬い取られて適わない。そのまま口を塞がれて、この男はキスが好きなんだろうなと思った。
唇が離れると、間髪なく指が口内に入り込んできた。
「な、に」
「舐めて」
犬飼の右手、人差し指と中指。大河の武骨なものとは違い、細く、しなやかだ。そのまま咥えたままでいると舌の根を押されたので、仕方なく舐める。
その様子を犬飼が黙って見ているのを感じながら、大河は、犬飼が自分の性器を愛撫していたのを真似するように、根本から舐め上げた。口に二本まるまる含み、くちゅくちゅと唾液の音を立てながらざらりと転がす。
「仲宗根」
「あ?」
「それはやばい」
指が口から離れていくと、唾液がすっと糸を引いた。互いに熱に浮かされたような目をしていた。
「わざとだろう」
「何がだよ」
あえて聞き返すと、犬飼の左手が大河の右手を掴んだ。そしてその手を腹の間で燻る熱へと導く。血管の浮いたそれは、触れてみると自分の手の平よりも熱い。
「しゃぶられてるみたいだった」
耳元で囁かれた言葉は酷く淫らな響きを含んでいて、脳髄を甘く痺れさせ、ますます思考を膿ませるようだった。
「早く仲宗根にいれたい」
いれたい、という犬飼のものは、大河の手の中で大きく脈打っている。犬飼のものだけではない――大河自身も、今にも暴発しそうに、興奮で再び先端が潤むのを自覚していた。
「慣らしていいか」
「……早くしろよ」
大河の唾液で存分に濡れた犬飼の指が、後孔に宛がわれる。すぐには埋め込まれなかった。狭い入口付近を、ぐにぐにと丹念に揉み解される。前は無理に押し進んできたのにと、そうされている間も大河は身を硬くして構えていた。
初めてではないが、訪れるだろう痛みを想像して緊張や恐怖を覚えない訳ではない。それなのに大河はいつの間にか「早く」と上擦った声で訴えていた。
「入れるぞ」
「ああ……、ッ」
ぬるり、と細い中指がゆっくり進入してきた。異物感はあるが、思ったより痛くない。何度か前後して滑らかに動くようになると、指の数が増えた。
「ん……っは、ぁ、あ」
「苦しい?」
「は、キツ……」
一本増えただけだというのに、途端に増した圧迫感に耐えきれず大河は犬飼の首に腕を回してもたれかかった。肩口に顔を埋め、乱れた息が整うまで呼吸を繰り返す。
指二本で苦しいというのに、前はどうやって犬飼のものを飲み込んだのか。この腹の間にある大きく太いものを突き立てられたら裂けてしまうのではないかと身体が硬直する。
すると犬飼の左手が、委縮しそうになった性器に添えられた。
「前触ると、楽になるかも」
「あ、……ッ」
ぬるぬると上下に扱かれると、徐々に身体の力が抜けていく。下腹部が苦しいことには変わりないが、気が紛れるだけ楽になる。
「大丈夫か」
「ん、平気――ひ、あ!」
平気だと言おうとしたところで変な声が漏れ出て、カッと耳裏から項にかけて熱くなった。性器のいいところを擦り上げられて出た声ではない。
「ここなら、いいか?」
「ん、ッあ、あぁっ、や、あ」
必死で犬飼にしがみついた。何かを抱き締めていなければ、どこに昇華させたらいいのか分からなくなるほどの快感が、波となって襲ってくるのだ。
前に後孔を弄られた時に得た快感は、あれは犬飼の何か不思議な力によるものなのだと思っていた。犬飼に傷を舐められるとそこから蕩けるような快感が広がり、自分でも恐ろしいほど敏感になってしまう。
だからあんなに、気が狂うほどに気持ち良かったのだと、そう思っていた。
「い、犬飼……ッそこ、も、嫌……!」
犬飼の指で腹側の一点を執拗に擦られると、もう駄目だった。圧迫感はどこかへ消え去り、恐ろしい快感がひっきりなしに襲ってくる。性器は増して硬くなり、先端から透明な液をだらだらと零す。呼吸も乱れに乱れ、ずっと犬飼の肩に顔を埋めたまま、くぐもった声で大河は叫んだ。
「な、ぁ……もう、……!」
「え?」
「抜け、よ……ッ」
「でもまだ二本しか入れてない」
「いいから、ッ……お前の、いれろよ」
このままだと自分だけ達してしまいそうで嫌だった。犬飼と一緒に、一つになりたいと、今はそれだけだった。
85/96 融解