密室アクアリウム

(21)

 寝室はリビングよりも寒かったが、火照って熱を帯びた身体は鳥肌を立たせることもない。冬のひんやりとした外気と、無機質なシーツの感触はむしろ心地が良かった。
 冷たいシーツの端は、大河の手によって深い皺が刻まれていた。そうでもして握り締めなければ、到底耐えられない。

「……っ、は……」

 膝に引っ掛かるボトムと下着が鬱陶しい。着ていた厚手のパーカーとシャツは、既にベッドの下へ乱雑に落とされている。脱いだ当初は寒くて堪らなかった筈なのに、今では風邪を引いた時のように全身が熱く、額には汗すら滲む。

「い、犬飼……っ」

 男の名前を呼ぶ自分の上擦った声を聞いて、大河は嫌になる。名前を呼ばれて上げられた視線とかち合うのも、恥ずかしくて逸らしたくなる。相手の首を引っ張りながら大見得を切った自分は一体どこへ行ってしまったのか。

「どうした?」
「咥えながら喋んな……っ」

 犬飼の整った歯が屹立した性器に当たって生じる小さな刺激が、いちいち大河の神経を逆撫でする。もはや痛いのか、快感なのかすら判別できない。
 犬飼に口で責められ始めてから、どのくらいの時間が経過したのか分からない。苛立つくらいに執拗にじっとりとなされる愛撫は、もはや毒だった。

「もう、放せよ」

「気持ち良くないのか」と問われると、かすかに触れる歯や唇が更に快感を生み出す。犬飼がそれを知っていてやっているのかどうなのか、大河には分からない。ただ、もう解放してくれと切望するばかりだ。
 しかし犬飼は聞き入れない。怒張した性器を根本まで咥え込むと、強く吸い上げながら先端まで戻ってくる。火傷しそうなほど熱い口内は、ねっとりと絡みついて大河を追い詰める。
 同じようなことを幾度も繰り返していた。いけそうで、いけない。もどかしい感覚に苛々して、乱暴に腰を動かしてしまいたい衝動に駆られるが、大河は僅かに残る理性で引き止めていた。

「なあ、聞いて、んのかよ、もう無理……っひ、あ」

 赤く熟んだ先端に、尖った舌が無理やり捻じ込まれる。鈴口をぐりぐりと弄られると悲鳴が出そうで、大河は咄嗟に唇を引き結んだ。先走りが止めどなく溢れ出ているのが自分でも分かる。
 すると犬飼が性器を吐き出し、視線を合わせるようにして、腕を大河の顔を真横についた。普段は落ち着き過ぎるほど落ち着いた犬飼が荒く息を乱しながら「仲宗根」と呼ぶと、大河は何だか居たたまれなくなる。

「苦しいか?」
「……そう、言ってんだろ」

 言外に「いかせろ」と視線で訴える。それを汲み取ったのか、そうでないのか、犬飼は唇を合わせてきた。つい今まで自分のものを咥えていた唇と交わるのは少し躊躇いがあったが、相手の舌が歯列を割り、上顎を舐め、舌の先端を吸われるとどうでもよくなる。

「ん……、仲宗根」
「っ、ふ……」
「もう少し……我慢してくれ」

 離れ際に、犬飼の形良い唇がそう紡いだ。このような拷問がまだ続くというのか。膿みすぎて腐れ落ちそうな思考は、そろそろぼうっとし始めそうだった。
 犬飼の濡れた唇が、頬を滑り、首筋を舐め、鎖骨に辿り着く。その下の、硬く引き締まった筋肉の上で主張する粒が柔らかい唇に吸い込まれた。そこも散々に弄られたところで、すでに赤く、芯を持っていた。

「い、っ」

 舌で舐められ、押し潰され、柔らかく食まれる。最初はただ痛みを感じるだけだったが、何度も刺激を受けた身体はそれを快楽だと錯覚し始めた。強く吸われる度に、腰の奥がジンと痺れ、股間のものがヒクリと反応を示す。
 何も直接的な刺激だけではなかった。時折、熱を帯びた身体に、犬飼の衣服が擦れる。ピンと立った乳首、脇腹、下腹、上を向いた性器――犬飼がいつも着ているブレザーの生地が、敏感な場所をサラリと撫ぜていくのだ。

(何で、俺だけ――)

 薄く目を開けて見遣れば、男はかっちりと制服を着こんだままだった。自分は上半身を剥かれ、下肢も股間だけ露出させた中途半端な格好で、至るところを弄られながらじんわりと汗を滲ませているというのに。犬飼はいつもの風体を崩さない。
 それも気に入らなかった。自分だけ、高まっていく。

「犬飼」

 名前を呼んで、顔をそばに引き寄せた。首の後に手を添わせながら、相手の唇に喰らいつく。自分の荒れた唇とは違う、滑らかな肉を食むと、犬飼もそれに答える。互いの唾液が口端から零れるのもいとわずに、深く貪る――大河は身じろぎし、膝で犬飼の股間をぐりぐりと刺激した。
 口づけながら、男がビクリと身体を震わせるのが分かった。犬飼の雄も、大河のそれと同じように硬く膨れ上がっているのだった。それをスラックス越しに感じ、少し溜飲が下がった気がして、熱く息を吐きながら唇を離した。

 真上にある端整な顔はらしくなく眉根を寄せ、何かに耐えるようにしていた。瞳はかすかに潤み、嬲り合ったばかりの唇は紅を引いたように赤い。

「――っ」

 その熱い視線に見下ろされただけで心拍数が上がる。犬飼に対して初めて覚えたこの感覚は、欲情というものなのだろうか。大河は視線を逸らしながら、やっとのことで「お前の方が苦しそうだ」と呟いた。

84/96 融解

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