密室アクアリウム
（１）
すべてが不本意だった。騒がしい生徒で盛り上がるバスの中で盛大に溜め息を吐いても、今だけは誰も気に留めない。
普段であれば少し眉を寄せたり溜め息を吐いただけで竦み上がるくせに、連中はこれから向かう場所へ期待を寄せて雑談を続けるだけで、一人、負のオーラを放つ人物の機嫌は知らないのだろう。
「……煩ぇ」
ボソリ、呟くと、漸く隣の席に座る男子がビクリと肩を震わせ、友達との会話を中断すると恐る恐るこちらを向いた。その視線も不愉快だ。どうせなら自分の存在などないものにしてそのまま騒いでいて欲しかった。煩いのは嫌いだけれど。
矛盾した事を思いながら、仲宗根大河は高速で過ぎて行く窓の外の風景に目をやる。
遠くには既に、大きな観覧車が確認できる。これから向かうテーマパークが有する、何やら日本最大だとかいう乗り物の一つだ。
修学旅行など、本当は参加したくなかった。群れるのは嫌いだし、時間に縛られるのは苦手で団体行動は面倒臭いし、どうせ行ってもずっと退屈な思いをするだけだからだ。案の定そうだった。三日目の日程である今日も、退屈しっぱなしだ。
直前まで抵抗していた大河だったが、彼を修学旅行に参加させる理由はいくつかあった。 実家の両親が特別に一年生の頃から計画的に積み立てをしていたらしく、金を払えないからという嘘の理由で断れなくなったからだ。余計な事を、とは思わずにはいられなかった。それに、担任である柏木錦の強い勧めもあって、渋々ながら参加を決めたのだった。
しかし、想像以上につまらない。
などと思う自分は、何処か他の人と違うらしい。
大河は所謂、不良というやつだ。目つきが悪く、中学時代から上級生に絡まれては喧嘩を売られ、何故か意地で買ってしまい、それを続けていたら喧嘩に明け暮れる日々で勉強など一切してこなかった。いつの間にか不良のレッテルを貼られていた大河は、我に返って必死に勉強して合格した高校に入学しても、長年続けてきた日常を改める事は出来なかった。
高校受験で一度は黒に染めた髪の毛も、また金に染め直した。勿論周りからは不良と呼ばれ喧嘩を売られ、クラスメイトからも敬遠されている。それに何ら疑問を抱いた事はないし受け入れてもいるが、自分が少し機嫌を損ねたような所作をすると周りが怖がるのは、鬱陶しいとしか思えない。
しかしそんな奴らが大河を無視して騒いでいるのだから、テーマパークでの自由行動はとても楽しみにしているのだろう。大河にはちっとも理解できない。
「もう少しで着くからなー。点呼するから勝手に遊びには行くなよー」
担任の柏木が、バスの前方で手を口の横に当てて注意を促しているのを人事のようにぼんやりと聞く。大河は窓の外の退屈な風景から目を逸らした。
7/96 兆候