密室アクアリウム
(9)
宇佐美から遅すぎる返信があったあと何度かやり取りをして、翌日に会うことになった。場所は学校の最寄駅前のファミレス。午後一時に待ち合わせの約束だ。
このままずっと無視されると思っていたため、返信があったのは意外だった。
犬飼について来るか聞いたが、用事があるからと断られた。死んだ身なのに何の用事があるのかと思ったが、追及はせずに来た。
日曜日だからか、駅前の通りは車の交通量も人間の数も多い。待ち合わせの場所も、店内は客でいっぱいだった。ウインドウから覗くと、端の方に宇佐美の姿があった。店内に入る。
「……よう」
「おー仲宗根。悪いなわざわざ」
「別に。……お前生きてたんだな」
正面に座ると、宇佐美は店員を呼び止めコーラを二つ注文した。当然、彼の奢りだろう。
話した感じは至って普通で、笑顔さえ見せた。ただ、気のせいなのかもしれないが、少し痩せた印象を受けた。
宇佐美の顔を見るのはあの事件以来はじめてだ。だいぶ気まずい別れ方をしたが、時間が経ち過ぎたせいか、とても話しづらいということはない。だからといって宇佐美を許した訳ではないが。
「学校のみんな、元気?」
「ああ……多分。柏木は元気じゃなさそうだけど」
「……メールも電話もガン無視してっからなあ」
「お前いつから来るんだよ」
「明日」
予想していたより早くて、大河は少し驚いた。
「気持ちの整理がついたから」
滅多に見ない真摯な眼差し。すると宇佐美が突然テーブルに頭を打ちつけた。突飛な行動に言葉を失う。
ちょうどコーラを持って来た店員も、驚いてピタリと硬直していた。。
「おい宇佐美……」
「仲宗根、ごめん!」
テーブルに額を擦りつけたまま宇佐美は大声で叫んだ。店員どころか、周囲の客までもが注目している。日曜とあって家族連れが多く、幼い子供がびっくりしたように凝視している。
「ほんっとうにごめん! 俺はなんてことをしたんだと」
「ちょ……でかい声だす」
「許してもらえなくていい! 寧ろ一発殴ってくれても!」
「うるせえ静かにしろ!」
宇佐美の必死な謝罪を遮りさらに大声で一喝すると、隣のテーブルの赤ん坊が泣き声を上げ始めた。気まずさでぎこちなく会釈すると、何で俺が……とやるせない気持ちになる。
「お、お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞー……」
店員が震える手でそっとコーラ二つを置き頭を下げると、関わりたくないとばかりに足早に去って行く。
「急に……何なんだよ」
「……うん」
「とりあえず顔上げろ」
宇佐美がのろのろとテーブルから頭を上げる。それでも視線は自信なさげに伏せていた。周囲からすれば完全に、不良が普通の男子高校生を脅しているようにしか見えないだろう。
「何で今更……」
「そうだよな……今更謝ったって、って感じだよな」
それから宇佐美は言葉を忘れたかのように黙り込んだ。何を喋ったらいいのか分からず、大河も沈黙を守ったまま。
結局、彼はどうして大河をここに呼んだのか。謝るためだけにわざわざファミレスまで来させるだろうか。
「……とりあえず、その話は後でいい」
「仲宗根」
「何で学校来なかったんだよ。さっきも言ったけど、柏木すげえ心配してんぞ」
「色々考えてたんだ」
「伊織のことか?」
彼女の名前を出すと、はっとしたように顔を上げた。
「何で仲宗根があんな手紙を持ってたんだ」
やはり宇佐美は追試の時、手紙を持って行ったのだ。
宇佐美がずっと学校を休んでいた理由。予想通り、伊織のことがあってだ。
「それに……本物なのか、あの手紙」
「本人から預かった」
「でも、伊織は」
「……死んでるな」
宇佐美は訳が分からないようで、訝しげに大河を見ていた。それからコーラを飲む。大河も一口飲むと、炭酸が次の一言を押し出させた。
「死んだ後に受け取った」
宇佐美は噎せてひとしきり咳き込んだ後、目を瞠った。
「お前……そういうのが見えるの」
「不本意だけどな」
「いつ受け取ったんだ」
「結構最近。音楽室に置いてきてくれって言われてたけど、お前が持ってった」
宇佐美は別段、怖がる様子もなく、「そうか」と呟いた。
「ごめん、ちょっと話していいかな。話したいこととがあって仲宗根を呼んだんだ」
黙って頷くと、宇佐美は勝手に語り始めた。
72/96 融解