密室アクアリウム

(22)

 散々に嬲られた中心は、硬く張りつめて天井を向いていた。血管が浮き出て粘着質な液体で濡れた裏筋を、犬飼の指が関節で擦り上げていく。漏れそうになる声を堪えるために噛んだ唇は痛い。
 他人に、こんな風に一方的に追い立てられたのは初めてだった。それ以前に、他人の前に屹立した下半身を露出させていること自体が大河にとって非常事態だ。最初は何とか理性を保っていた頭も、与えられる刺激によって朦朧として、混乱さえ引き起こしていた。手首を掴む拘束は既に離れていたが、大河はベッドのシーツを固く握り締めたままだった。

「ふ、……っ」

 犬飼が片手で下肢を弄りながら、もう片方で大河のシャツを捲り上げる。暖房も何もつけていない、冬の室内の空気はひんやりとしていたが、熱くなった身体に鳥肌を立たせることは出来ず、熱冷ましの役目すら果たさない。
 触り心地の良い掌が、腹の上を滑る。指先で震える下腹部や腹筋の割れ目をなぞられると、くすぐったいのか気持ちいいのか分からなくなる。筋肉の上を辿る指が最終的に行き着いたのは、大河の意思とは関係なく尖って硬くなった、小さな突起。表面を柔らかく撫でた後で、親指と人差し指で摘まれ、痛いような痒いような感覚が生まれる。そこを人に弄られたのは初めてだ。大河は声を抑えるのに必死だった。

「……仲宗根、我慢しなくていい」
「っく、そ……、ふ…!」

 犬飼の生温かい舌が固く閉じた唇の境目をなぞる。その所作が酷く官能的で、同時に乳首と性器を強く刺激され、耐え切れず口を開いてしまった。そこから自分とは思えないような、甘く掠れた喘鳴が漏れ出るのを聞いて、その瞬間の脳味噌はすべて羞恥に支配される。更に猛った性器の尿道口に爪を立てて抉られ、内股がビクビクを痙攣する。抗いがたい衝動が背中を駆け抜けた瞬間、先端から熱い白濁が迸った。

「っ、あ、――ッ」

 犬飼の手の中に、すべてを放った。
 粘着質で濃厚な液体が、犬飼の掌を滑る。指先が白くなるほどにシーツを握り締めていた手を離すのを始めに、体中の緊張が一気に溶けて弛緩した。あとは荒い呼吸を繰り返した。喧嘩で、ここまで息を切らしたことはない。

「……っ、は…ぁ……」

 ベッドに体重を沈めて呼吸を整え、徐々に冷静さが戻り始めると、一気に羞恥と遣る瀬無さが込み上げてきた。
 また、犬飼の手で達した。
 何故か、犬飼の手によって傷口を触られると、身体が言う事を聞かずに熱を帯び始める。抗いがたい衝動に突き動かされる。そんな時ではないと分かっているのに。
 後悔も束の間だった。犬飼の顔を見ることが出来ず、黙って壁の染みを見つめていたが、一度射精したというのにまだ熱が燻っていることに気づいてしまった。
 下腹部の甘い疼き。触って、また高まりたいと訴える本能。体内の熱を押し出すように薄く息を吐き出してみるが、収まらなかった。気のせいではない。欲を吐き出したばかりのそれが、更なる刺激を待ち望んで歓喜している。

 意識の外に追いやった犬飼が、俄かに動いた。

「っな…!」

 両脚の付け根に手を添えられ、ぐい、と左右に押し開かれる。精を放ったばかりにも関わらず再び硬度を持ち始めた雄が白濁で淫らに濡れそぼっている様が、薄闇に慣れた目で捉えられた。
 顔が一瞬で熱くなった。その奥が、恥ずかしい箇所が、犬飼の眼前に晒されている。犬飼の視線が、不躾にそこへ向かっている。落ち着き始めた筈の鼓動が脈打つ速さを上げ始めた。性器が、ひくりと震えた。

「やめ…っ、見んな…!!」

 犬飼がこちらを一瞥するが、何も言わない。膝裏を掴まれて、膝が腹につく直前まで押し上げられた。柔らかい会陰の奥が晒される。
 
「くそ…てめえ、マジでやめろ、離せ…っ!」

 大河の目も、犬飼の目も、情欲で濡れている。意外というか、驚きだった。犬飼はこんなことをやってのける男なのかと。大河をいかせるとか、局部を凝視するとか、性的なことからは縁遠い性質だと思っていた。
 やはり彼も男だった。少なくともこの瞬間は、欲に突き動かされていることは間違いない。大河もそれに従わざるを得ない……いや、そんなことあって堪るかと、犬飼を睥睨した。

「どけっ、ぶっ殺す……!」
「もう死んでる」
「…っ、ぅ、ひ!」

 後孔に信じがたい違和感を覚えたのは、犬飼に向かって悪態を吐いた時だった。ぞわり、と背筋が泡立つ。固く目を閉じたが、ますますリアルに感触が伝わってくる――指。
 犬飼の指が秘孔に突き刺さっているのだと分かった。思っていたような痛みが不思議とないのは、大河自身の精液のためか、それとも別にあるのか、つまり犬飼の何らかの力にあるのかは知らない。指が押し進められる度に大河を襲うのは、ただの圧迫感だけだ。

「ぅ、う……ぁ」

 よく同じ男のケツに指突っ込めるな、と感心したり憤ったりする余裕はなかった。制止も聞かず犬飼の指が無理矢理に侵入してくる。強い嫌悪感や吐き気はなかった。そのことに大河は戸惑った。男にこんな場所を弄られるなんて考えられない。信じられない。なのに期待する程の嫌悪が生まれなかった。
 第一関節まで何とか入り、指の付け根まで埋まった。犬飼がそれを出し入れさせると、出っ張った関節の形が身体の中からリアルに伝わる。数が二本、三本、と増えると圧迫感が更に増した。入口が存分に広げられ、後孔が今にもはち切れそうな風船になったような錯覚に、項が冷たくなる。

「……ぃっ、あ、あ!」
「……ここ」

 切迫の中に、別の感覚が不意に生まれた。そこを刺激されると身体がビクンと魚のように跳ねる。痛みではなく、確かに快感だった。

「ひっ、…ッん、あ…! 嫌だ、嫌だって、そ…こ、は…っ」
「でも、勃起してる」
「知らね…!」

 未開の部分を刺激されることによって与えられる未知の快感に、焦燥しか感じられなかった。自分でも触らない場所だ、そんな所で性感を得られるなんて有り得ない。知らない。自分が知らないのに犬飼は知っている。まだ把握していない自己を暴かれそうな予感がして、恐ろしくなった。
 犬飼の指が内部で腹側を執拗に擦ると、腰骨が直接響くような甘い、溶けるような快感が押し寄せる。性器は痛いくらい怒張して屹立している。
 有り得ない。自分の身体はどうなってしまうのだろう。こんなところで、感じるものなのか?

 犬飼が、中で指を折り曲げて引っ掻きながら言った。

「苦しいか」
「何が…っ」
「三本」
「ったり前、だ、…んっ」

 本来は排泄の器官である狭い後孔を、指が往復する。そうしている間にも、もはや圧迫感と快感との区別がつかなくなりそうで、怖い。もう何をされても感じてしまうのではないかと不安になるくらい、身体も意識も蕩ける。
 指が完全に抜かれた。自然と詰めていた息を吐き出した途端、身体を俯せに転がされ、腰を持ち上げられた。

 犬飼がこれから何をしようとしているのか。予測できないほど、そういう方面に暗い訳ではない。けれど、確信できるほど明るい訳でもないし、犬飼のことを知っている訳でもない。この男がそういう趣向の持ち主なのかどうかは、大河にとって重要とも些細ともつかない情報だった。

「おい、待て、犬飼、何で…っ」
「少し黙って」

 双丘の狭間に熱くて硬い物体が押し付けられて、大河は息を呑んだ。火照った身体が急速に冷えていくような錯覚。飽くまで錯覚だ。心拍数が上がり、全身の筋肉が緊張する。くる、と思うと同時に、切っ先が侵入した。声を出す暇もなく、一番太い亀頭がめり込んでくるのが分かった。

「う、ぁあ……っは、はっ」

 巨大な熱が狭い器官へと侵入してくる。予想以上の苦しさに刹那、呼吸を忘れた。

60/96 過程

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -