密室アクアリウム

(6)

 心中のモヤモヤした不安は次の日も続いた。一日中、宇佐美の動向に気を遣っていた。
 もしかしたら、誰かに他言するかもしれない。そうしたら一巻の終わりだ。もともと不良、問題児のレッテルを貼られていたが、更に変態という不名誉な呼称までつけられ後指を差されるに違いなかった。
 不安とは裏腹に、否定する自分もいる。宇佐美は冗談のつもりで言っただけなのだろう。大河をからかっていただけだと。……そうだとしても気分が悪いが。
 あいつは一体どういうつもりなのだろう。

 放課後、宇佐美が友人たちと教室の前の席に固まって雑談をしていた。外は暗くなりつつあるが、帰る様子は一向にない。聞こえるのは帰り支度の音ではなく、爆笑。

(うっぜえ……)

 大河もやはり、教室に残っていた。教室で居残っているのは大河と、前方の三人のみ。彼らの話声だけがよく響いた。時折、廊下を速足で去る教師の姿が垣間見える。「早く帰れよ」という忠告は大河を除いた三人だけに掛けられる。
 大河は寝ているふりを通して何とか机にへばりついていた。

 何で大河がここまでしなければならないのか。それが至極不本意だった。理由を考えると機嫌はますます急降下してゆく。馬鹿馬鹿しい。何より自分自身が。

 今日一日、宇佐美が変な言動をしたりということはなかった。誰かに他言した様子も見られなかった。大河に接触することもなかった。
 だから余計に気味が悪い。昨日のあれはなかったことにしてくれたのか。

 胸中にぐるぐると渦を巻きながら大河は宇佐美たちの会話の内容に耳を澄ませた。何を話しているのか、非常に気になる。大河のことを話したりしないか。大河の胸中を慮ることは知らず、断片的な会話が届く。

「そういや俺、D組の浅野さんのアドゲットしちゃったんだけど」
「マジでか! 隅に置けねー。いつの間にだよ」
「昨日、古谷に教えてもらった。んで、夜メールしてみた」
「はえーよ。つか、浅野さんて彼氏いんの?」
「それがさ、俺もいないと思ってたんだけど実はいたらしくて、他校なんだけど。でも最近別れたらしい」

(早く帰れよ……)

 宇佐美の得意げな声を聞きながら大河は苛立ちで机を蹴り上げたくなる気持ちを抑えた。宇佐美が友人たちと別れて帰らないと大河も安心できないのだ。
 もし話したら。それを想像すると足元が大きな深い穴が開いたように心許ない気分になる。とても恐ろしい。

「どんな感じのメールすんの」
「えー……何か、清純派! ってイメージあるけどさ、結構チャラいよ浅野さん。文面にハートマークいっぱいつけてくるし」
「彼氏でもねーのにハート多用すんのってどうよ」
「俺のこと狙ってんじゃね」
「それはねーよ」

 少し顔を上げて様子を窺うと、ちょうど宇佐美が鞄から携帯電話を取り出していた。その時、彼と目が合ったような気がして身を硬くする。

「俺にも教えろよ。誰にでもハート多用すんのか調べるから」
「うわー、そういうのやめろよ。何かきたねーよ。……ま、いっか」

 宇佐美が携帯電話を操作し、友人の一人と赤外線通信を交わす。新しく入手したアドレスに「よっしゃ」と呟いた男は教師の目を気にして素早く鞄にしまったが、宇佐美は悠々と携帯電話を弄っていた。

「なあ、俺さ」
「ん?」
「昨日、面白いもん見ちゃったんだけど」

 突然の話題転換に、大河の心臓は跳ねた。
 昨日、面白いものを。
 常に話題の絶えない宇佐美だ、毎日面白い出来事があるのが普通だろうが――昨日と言えば、音楽室のあれしかない。あからさまな他意を含んだ声音は大河の警戒を起こさせるのには十分だった。

「見る? 写メったのあるけど」
「何撮ったんだよ。お前んちの犬の変顔じゃねーだろうな」
「それはもうストックがねえっての。ちがくて、もっとすげーもん」

 気付けば大河は立ち上がっていた。大きく椅子を引く音に反応した三人が大河を見る。大河の存在を意識しないようにしていたらしかったが、近づいてくる大河に二人が顔を強張らせた。

「な、何」

 上擦った問いかけは無視し、宇佐美の腕を掴んで無理矢理立たせた。大河の行動を黙って眺める宇佐美の顔を見たが、すぐに自ら逸らしてしまった。直視、できない。

「ちょっと来い!」

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