密室アクアリウム
(15)
伊織は屋上で一人、夜風を受けていた。
大粒の雪を運ぶ風は身を切り裂くほど冷たく、彼女の身体を連れ去ってしまいそうなくらい強い。
「どうして、逃げちゃったのかな」
少し脅かしただけなのになあ、と呟いた言葉は風が掻き消してしまう。
伊織はフェンスに背中を預け、立っている。少しでも足を前に出せば、落ちてしまうだろう。生きていたら、きっと一瞬だ。あの白い雪の上で、ぐちゃぐちゃだ。
本当は、もう一つお願いがあった。昼間、屋上にいた彼に大事なことを頼みたかった。
これを渡して欲しい、と言いたかった。
「今日は失敗しちゃったなあ。また後で、会いにいかなきゃね」
伊織はブレザーのポケットに入った大切なものを握り締めた。
彼は、確かあの人と知り合いだったから。今の伊織はあの人に話し掛けることが出来ないし、姿を認めてもらうことさえ出来ない。だから、伊織の姿が見える彼に頼もうと思ったのだ。
「またここに、来てくれるかな……大河君」
一歩、空へ足を進ませる。身体は綿毛のように軽かったが、地球上における重力に忠実に、中庭へと落下する。伊織の身体は雪に溶けて見えなくなってしまった。
To be continued...
36/96 亡霊