密室アクアリウム
(7)
買い物の帰り、近道をするために公園をつっきろうとしたのは小さな失態だった。
しかし引き返すのも不自然だ。大河は買い物袋の手を握り締め、半ば息を殺すように通り過ぎようとする。まさに公園内から出ようとした時、後ろから不躾な声が飛んできた。
「おい! お前」
今日は絡まないでくれ、と願わずにはいられなかったが、聞き入れられることはなかったようだ。
(最悪だ……)
大河はスーパーで店員の前でした時よりも遥かに大きな舌打ちをして、難から逃れようとする足を止めた。ゆっくり首だけ振り返ると、三人の男が砂場付近で屯している。
高校生が平日の日中に子供の遊び場で何をしているんだ。
「何か用か」
関わりたくないオーラを前面に出してその旨をアピールしてみるが、生憎、大河の心中を汲み取ってくれなかった。三人は平日の白昼堂々の学ラン姿で、大河を睨みつけながら近寄ってくる。
彼らに分別はあるのだろうか。敵を見つけると絡まずにはいられないらしい。
「何か用か、じゃねえんだよ。俺に言うことあるだろうがテメー」
「……はあ? 何もねえよ。誰かと間違えてんじゃねえのか」
正面に扇形の陣形で立つ三人を睥睨し、大河は素っ気なく言い放った。関わりたくない。今日は。早く家に帰って身体を休ませたいのだ。
嘘で言ったのではなく、実際、男の顔には見覚えがなかった。少し左に鼻が曲がっているように見える。これは自分がやったのだろうか? まさか。
「テメー、鵜沢の仲宗根だろ。仲宗根だろ?」
「だったら何だよ」
今更否定する気も誤魔化す気もない。正直に認めると、三人のうち真ん中の男が牙を剥き出しに叫んだ。
「俺は大塚だ、西高の……! 肋骨っ」
「……誰だ?」
相手から飛んだ唾に一瞬顔を歪める。対して男は怒りでか顔を真っ赤に染めていた。
だって、本当に知らない。
そんな名前の奴と喧嘩したことなど、あっただろうか。
(覚えてねえ……)
大河はばつが悪そうに頭を掻いた。ビニール袋がカサカサと細かな音を立てる。
まるで相手にしない大河の態度にますます腹を立てた男は、震える拳を更に震わせて、ついに大河の肩を掴んだ。
その衝撃で、だ。買い物袋が落ちたのは。
「あ……」
まず相手に危害を加えられたことよりも、食材の安否に気が向かった。「覚えてねえってのかよ!?」とでかい声で騒ぎ立てる男を視界からシャットアウトし、大河の意識は地面に落ちた袋の中身だけに注がれていた。
(今の音は絶対)
――卵が潰れた音だ。
それと悟ったと同時に、大河は目の前の煩わしい相手を殴り飛ばしていた。
「げふッ!?」
男が砂場の上に転がる。思ってもみなかった反撃に驚愕しているらしいが、大河にしてみればそれくらい当然の報いだ。
「ラスト一パックだったのによ……」
「え?」
体調が優れなかったことなど、とうに念頭になかった。
いつ大河の逆鱗に触れたのかも知らぬまま、彼らはただ怪我をする運命にあった。
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