密室アクアリウム

(4)

 犬飼は、大河が何と言おうと凄もうと騒ごうと、決して顔色一つ変えない。そのことが余計に大河を苛つかせた。

「分かんねえなら、勝手なことしてんじゃねえよ」

 気絶させられて気分のいいものじゃない。そもそも、幽霊と遭遇した時点で気分どうこうではない。
 そればかりか、犬飼の言動はすべて大河の気に触れる。

「出てけよ」

 大河は力の入らない足腰を叱咤し、壁に手をつきながら立ち上がった。低く低く呟いた拒絶の言葉は、しっかりと相手に届いたかどうか。

「……」

 犬飼はその場に立ち竦んだまま、一歩も動かない。自分がまるで相手にされていないようで、大河は大きく舌を打った。

(こいつ、ふざけんなよ――)

 勝手に気絶させて、勝手に運んで、危険だとか何とか意味不明なことをほざいて……一体、何がしたい?

「出て行けって言ってんだろ!」

 大河は叫んだ。体調はすこぶる悪い。身体はどういう訳か錘が載ったように重たいし、手には上手く力が入らない。それに寒い。少しでも油断したら、歯がガチガチと音を立てそうなほどに、部屋の空気は冷たい。
 これ以上、相手をしていられない。
 大河はもう一度「出て行け」と言った。

「そのつもりはない」

 芳しくない返答に、大河の目元がピクリと震えた。

「ここは俺の家なんだよ。お前は自分の家にでも行って家族に面見せてくればいいだろ」
「俺の姿は誰にも見えない。お前以外には」

 そんなことは関係ない。そんな話をしているんじゃない。

「お前がいると迷惑なんだよ」

 大河は歯を食い縛り、重たい身体を動かした。犬飼の腕を掴み、荒い息を吐きながら玄関へ押し出す。
 その行為だけで大河は異常な程に疲弊していた。気を抜けば倒れてしまいそうだ。遠のきそうになる意識を強引に引き止め、大河はもう一度、精一杯の気力で言葉を押した。

「出て行け。二度と俺の前に現れるんじゃねえ」
「……」
「出てけよ……!!」

 癖で、犬飼の胸倉を掴み上げる――つもりだったが、手応えはゼロだ。相手の身体は大量の光の粒が空気中に浮かんでいるだけのようなものだった。
 さっきは掴めたのに何で、と思うのも束の間で、直前で目的を失った勢いは削がれることなく、制御が出来なくなった身体はそのまま前へと傾く。

「……っ」
「大丈夫か」

 地に頭を叩き付ける前に、支えられた。勿論、犬飼によって。

(馬鹿にしてんのか、こいつ――!)

 弄ばれているようにしか大河は思えなく、抱きかかえるように身体を支える犬飼を突き飛ばし、そのままドアの外へ追い出した。

「気持ち悪いんだよ……!」

 バタン! ドアは乱暴に閉まる。外に佇む犬飼の姿は完全に見えなくなった。沈黙を続けるドアを数秒間見つめ、大河は漸く安堵の息を漏らした。

 やっと、身体が、精神が解放された気がする。あいつがいなくなったことで、清浄な空気が吸えるようになった。

「マジで……何なんだよ」

 大河は頭を乱雑に掻き混ぜ、足を引き摺りながら寝室のドアに手を掛けた。今日はもう、何もする気が起きなかった。

25/96 亡霊

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