密室アクアリウム

(1)

 クラスメイトに犬飼孝弘という寡黙な生徒がいた。無口なため喋ったところはまともに聞いたことがない。彼は高校生とは思えない程の落ち着きを持っていて、しかしその不思議な雰囲気がいいだとか何だとかで、クラスどころか同学年の女子にも密かに人気があったことは知っている。寧ろ、それくらいしか彼について大河は知らなかった。
 犬飼は先日、交通事故に巻き込まれて命を落とした。
 彼の死を誰もが悲しんでいた。担任の柏木も、表面上は取り繕っても内心では嘆いている筈だった。

 その、不慮の事故に遭って死亡した犬飼孝弘が今、大河の目の前に立っている。

「犬飼……」

 喉が詰まって自分のものではないような声が出た。気付けば心臓が煩く鳴っている。
 ――目の前にいる男は、本当に……なのか?
 大河は無意識に唇を湿らす。

「お前、死んだんじゃ……」

 やっとのことで紡いだ、意味を持った言葉は酷く苦しげだった。驚愕のあまり、声は震えて情けないことになっている。それを自覚して、大河はいつのまにか冷たくなり、きっと紫色に変色しているだろう唇を強く噛んだ。
 現状が、把握できない。

 その場を動けずにいると、教室に戸口に立っていた犬飼――と思わしき人物が一歩、足を踏み出した。瞬間、大河は身体に重力が加わったような感覚を覚え、すうっと視界が狭まる。
 それだけでなく足元が覚束なくなり、まっすぐに立っていられなくなって傍の机に腕を突いた。体重を支えることが出来なく、そのままずり落ちてしまう。

(何だ……何が)

 自分の身に何が起こっているのか。確認したくて目を出来る限り開こうとするが、予想以上に重たくて出来ない。薄く開いた瞼の隙間から見えたのは、相手の首元だ。
 学校指定の制服。青色のネクタイ。

「っ……」

 声は出ない。相手の恐ろしい程に何の感情も浮かばない能面のような顔が目鼻の先に迫る。全てを吸い込んでしまいそうな黒色が視界いっぱいに広がり、大河の意識はプツリと途切れた。

22/96 亡霊

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