密室アクアリウム

(9)

 電車での帰宅中、背中へ不躾に突き刺さる視線が一つあった。大河はその正体を知っている。
 揺れる車内で立っていた大河が振り向くと、大河と同じような種類の高校生が――つまり不良が、目を吊り上げてこちらを睨んでいる。

 他校の生徒だ。彼には見覚えがある。偶に同じ車両に乗り合わせると、今のように意味の含んだ視線を寄越してくるのは日常茶飯事。実際に殴り合いまで発展した事はないが、あまりの執拗さにそろそろ絞めてもいい頃だと大河は思う。

 自宅最寄の駅に着くと、大河は電車から降りた。彼も後を着けてくる。
 電車が発車するとその男が早速、大河に詰め寄った。

「テメー、鵜沢(うざわ)高校の仲宗根だよなぁ」

 大河の住む地域は過疎であるためか幸い、この駅は無人駅である。ホームで高校生の喧嘩が始まったとしても、目撃者のいない駅では通報される心配はなかった。
 それを踏まえた上で彼は、恐ろしい顔で大河に迫っている。

「だったら何だよ。無名の腰抜けが、俺に何か用でもあんのか?」
「調子乗ってんじゃねーぞ。俺はずっと機会を狙ってたんだよ。テメーをぶちのめすな」
「出来んのかよ。一人で大丈夫か? オトモダチ呼んだ方がいいんじゃねえ?」
「舐めてんじゃねーぞ!」

 至近距離でガン飛ばしていた男が何の構えもなしに、突然肘を突き出してきた。流石にこの距離での不意打ちは避けられず、顔面に強烈な肘鉄砲を食らう。
 塞がりかけていた頬の傷が裂け、血が滲むのが分かる。鼻からも垂れた血を乱暴に拭い、よろけた体勢を整えた。

「テメーも大塚と同じ目に遭わせてやるよ!」

 男が容赦なしに殴りかかってくる。大河はそれを軽々避け、相手の肩を掴むと腹部を膝で蹴り上げた。男が咳き込む。

「ああ゛!?誰だソレ」
「っ…、テメーがこの間痛めつけてくれたなぁ、俺のダチだよ!左手と肋にヒビ入って通院中だっつの」
「悪いが、全く記憶にねえな。勘違いか、人違いじゃねえの?」
「ふざけんな!大塚はテメーにやられたっつったんだよ!」

 彼は懲りずに突進してくる。大河は苛立ちながらも、唇の端を僅かに持ち上げた。
 周囲で色々と不快な出来事があり、鬱憤が溜まっていたのだ。発散にはちょうどいい。学校で生徒が亡くなった事もあり、明日と明後日は休校だ。見える場所に怪我をしても柏木に追及されずに済む。

 嬉々として受け入れた喧嘩は、通りかかった住民が通報しようとするまで続いた。

15/96 兆候

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