密室アクアリウム
(6)
授業開始の鐘が鳴ると同時に教室に現れたのは、担任である柏木だった。何か思うところがあったのか男子生徒――宇佐見が早速、柏木に声を掛けていた。
「にしきんー、古典やんの?それとも、にしきんが数学教えんの?」
成る程、と大河は納得する。六時間目は数学の授業だったようだ。知らなかった。因みに柏木は古典担当だ。
しかし数学にしても古典にしても、勉強道具は持ってきていなかった。どうせ寝るのだから、大河にはあまり重要な事ではない。
いつもなら宇佐見がふざけたニックネームで柏木を呼ぶと笑いながらも注意するのに、どうしてか今日だけは違った。神妙な顔つきで、教壇からクラス全体を見渡す。
その視線が、大河で止まった。いや、大河の前の席だろうか。全員席に着いている筈なのに、そこだけぽっかりと空席だ。
柏木はその席から目を離すと一度、視線を下に落とした。それからもう一度、教室全体を見渡す。
「皆に、大切な話がある」
何かに耐えるような、思いつめた表情から、これから話す内容が歓迎されるものではない事を悟った。
他のクラスメイトも思ったのか、少しざわざわしていた教室が静寂に包まれ始める。
暫しの間。決心した柏木は漸く口を開いた。
「今日、欠席している犬飼の事だが……」
柏木の視線が、再びこちらへ……犬飼の席へ向けられた。
「亡くなった」
12/96 兆候