密室アクアリウム
(5)
あれから三ヶ月が経ち、暦は十二月へ突入した。秋の修学旅行での出来事など、大河の頭の中から綺麗に消え去っていた。
肌寒い。もうすぐ雪が降るだろう。暖房も必要になる。曇り空を仰ぎながら、陰鬱な季節が始まるのを予感した。
その日の六時間目前の休み時間、普段通り屋上でサボっていた大河が教室へ行くと、最期に足を踏み入れた三時間目から、雰囲気がガラリと変わっているように思えた。
「……」
しかし、その原因が何なのか分からない。大河が教室へ入ると途端にそわそわし始めるクラスメイトは普段通りだが、何かが違う。……何だろう。
考えても分からない。大河は気にせず、自分の席へ着く。
昼寝の名残か、欠伸が出掛かった時だった。クラスの一人の女子がおどおどしながら、大河の机に近づいてくる。
「あ、あの……」
欠伸を口で抑え、ぼんやりとしたままその女子を見ると、機嫌が悪いと思われたのか、女子は制服の裾をぎゅっと握り締めて不自然に視線を逸らした。
そんなに怖がらなくても、別に取って食いやしないのに。
毎度思うがそれが女子に届く筈もなく、勘違いをしたまま彼女は、もごもごと何かを呟く。
「あ?」
「っ……その、……」
聞き取れなくて聞き返したが、彼女は息を呑んでますます挙動不審になった。
そういう行動が余計に大河を苛立たせるとは知らずに。
「何だよ。言いてえ事があるなら……」
もはや泣き出しそうな女子の肩を、背後から誰かの手が叩いた。横から顔を出したのは、クラスメイトの男子だった。
未だクラスメイトの顔と名前を一致させていない大河でも知っている、クラスの中心的存在の彼。確か、宇佐見路人とかいう名前だった。偶に出席する授業で、教科担当の教師をからかっている上に賑やかだから、大河でも分かった。
宇佐見が女子を押し退けて、二人の間に割って入る。
「前の時間、席替えしたんだよ。仲宗根は休んでたから知らないだろうけど」
テンポよく流れ出す言葉。女子の、大河を前にした時の慌てようとは大違いだ。
仲宗根はあっち、と彼が指差した先は、窓際最後尾の机だった。
女子の伝えたかった内容を汲み取った大河は、怠惰に立ち上がる。この席は大河のものではなかった。
「最初からそう言えよな」
女子を睨みつけ、ついでにその机の脚を蹴り飛ばし、彼女が「ひっ」と声を漏らしたのを背中に自分の本来の席へと向かう。
教室に入った時に感じた違和感は、席替えが原因らしい。四時間目と五時間目は欠課したのだった。
(宇佐見路人……)
珍しい人種だ。彼と話したのは初めてだが(勿論、他のクラスメイトと話した経験も殆どない)、大河を前に堂々とした語り口は少し驚いた。
大河にとって重要なのは、自分を苛々させるか、させないかだ。その点に関して宇佐見は、何も問題はない。
それにしても窓際最後尾とは、大河は運がいい。それとも何か、人為的なものが含まれているのだろうか。
これからの季節、屋上でサボるのには限界がある。この席なら、教師を気にせず居眠りが出来るかもしれない。
無償で手に入れた休養の場所である机には、満足した大河の片足が行儀悪く占領していた。
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