密室アクアリウム
(3)
遠くから、しかし刃物で突き刺すような鋭い視線を感じたのは、集合時間もとっくに過ぎた時刻、バスに乗り込んで座席に重たい身体を預けた時だった。
急に耳栓で聴覚を塞がれたような感覚に陥り、行きのバスと同じように興奮した様子のクラスメイトの騒がしい声も、それを注意する柏木の声も、靄が掛かったように音を拾いにくくなる。
まるで、水底に沈められたような。
「……?」
その視線は、バスの外から向けられたものだった。
テーマパークの出口、低い柵で囲まれた内側に、大きな人影が立っている。
ウサギの着ぐるみだ。
(何のつもりだよ、あいつ……)
大河は舌打ちをしたい気分になった。少女が衝突した事件で、風船ともども押し付けられた事に不満を抱いていた。
たとえ着ぐるみでもテーマパークの従業員。泣いている小さな女の子を見つけたら、あやしてやるべきではないのだろうか。
時刻は夜七時過ぎ。空は暗く、満月から少し欠けた月が浮かんでいる。そろそろ閉園する時刻だろうか、園内の光は徐々に姿を消していく。
ウサギはまだ、出口付近に突っ立っていた。今気づいたが、耳が破れかけ、綿がほんの少し覗いている。大きな真っ黒い目玉は、多分、大河を凝視していた。
ウサギは腕を高く上げ、大きく振った。
(見送りでもしてんのかよ……)
大河はウサギから目を逸らす。下らない。ホテルに戻るのが惜しくて娯楽施設をまだ眺めているとでもクラスメイトに勘違いされたら堪らない。
「七時集合って言っただろうがー。次の集合時間に遅れた奴はペナルティ与えるからな!」
殆どの生徒が集合時刻に間に合わなくて遅刻したのがまだ尾を引いているのか、柏木は怒っている。しかし、真剣に耳を傾ける者はいない。偶然隣の席になった犬飼は早くも睡眠へ入ろうとしている。
四十人近い生徒を乗せた観光バスは、宿泊先のホテルへ向けて暗闇の中を走り出した。
9/96 兆候