KEIKOKU

(2)

 李瞬の私邸までは城から馬で半刻程の所にある。豊かな緑と大地。肥沃な大地と発展した商業を有する呉の地は美しい。手綱を握りながら、李暁は橙色の空を仰ぐ。
 長衣は湿り気を帯びている、というよりも濡れており、駿馬で大地を駆ければ冷たい風が疲労した身を裂く。風邪を引いてしまうかもしれない。
 砂埃が目に入らぬよう顰めながら、李暁は前方を駆ける李瞬の背を見つめた。馬の尾の如く、頭の後ろで一纏めにされた黒髪が風に揺れている。
 ――李瞬は何故、牢などに。
 それが至極不思議であった。李暁の解放はまだ先のことであったし、高位の軍師自らあのような薄暗い場所に赴く理由がない。一体、どういうことなのか。話とは何なのか。
 考えても浅学の李暁には分からなかった。今はただ、李瞬を追いかけ愛馬の綱を握るだけだ。


 李瞬の邸に着くと、彼自身に連れられ私室に通された。後から使用人もついてくる。


「李瞬。俺は何も伝えられずにただ連れて来られたが、一体何のためだ」


 向かう道すがら、李暁は我慢できずに前を歩く李瞬に尋ねた。


「瞬とお呼び下さい。仮にも兄弟なのですから。それと、質問に対する回答は後程」


 李暁は訝しげに顔を歪めた。李瞬の言動には追求したい部分が多々ある。
 自分たちは確かに兄弟だが、母親は異なり、そして一般の兄弟のように仲が良い訳でもない。寧ろ繋がりや親交は殆どない。こうして顔を合わせるのだって年に数回程度だし、言葉は何か月ぶりに交わしただろうか。血は繋がっているが、互いに他人と同じような存在なのだ。
 それなのに、姓名ではなく名で呼べと。李瞬はそれでいいのだろうか。よく知りもしない男に名で呼ばれるなどと。


「おい、李瞬――」
「私の部屋へ行く前に、兄上に湯浴みをさせなさい」
「畏まりました」


 納得行かずに問いかけるが、その前に李瞬が使用人に声をかけて遮られてしまう。
蔑ろにされているようで、自然と口角が下がるのが自身でも分かった。


「兄上、不審に思う点はあるでしょう。しかし貴方はここ三日、風呂に入っていない。まずはお体を清潔にして下さい」


 反論する前に冷ややかな声音で釘を刺され、李暁は思いとどまる。確かに、体中が不快で仕方がないし、その不潔な身体で李瞬の私室に邪魔する訳にはいかない。


「話はそれからです。……ああ、それから身形も整えて差し上げて。新しい衣服も用意して下さい」


 従者に次々と指示を出す李瞬。彼の姿を後目に、李暁は他の使用人に連れられて湯殿に連れられて行った。

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