短編

(3)

 敵の大軍が攻め寄せてきた。今までの比ではなく、恐らく総力を以って俺たちを潰そうとしていた。生憎、こちらには敵に匹敵するほどの数がなかった。俺が二週間近く地上に出ていなかったために、人間の兵士も戦闘用機械も数を大幅に減らしていた。残っているのはたった百人強。敵は二千との情報が入った。絶望的だった。
 指揮官は地下要塞に籠る作戦を提案した。ただし、全員ではない。一部の者のみが地下へ入り、残りは地上で戦う。つまり犠牲だ。味方が生き延びるためには誰かが死ななければならなかった。
 俺は地上に残ることに決めた。俺が敵を食い止めて、或いは殲滅する。俺はそれができる。一度は爆撃で失った腕も、以前より強度を増している。吹き飛ぶ心配はなかった。

「何て馬鹿な作戦なんだ!一部の者のみが地下に残る?君以外の全員を、一部と表現していいのか?」

 ドクターは、今までで一番に憤っていた。俺が負傷して帰還した時よりも激しく憤慨していた。
 指揮官は俺の意見に賛成した。もとより、口論をした時から好いてはいなかったのだ。他の兵士も納得した。俺一人を地上に残す。たった一つの犠牲で大勢が助かるかもしれない。俺が死んでも、地下の要塞は発見されないのだ。逃げ延びれるのだ。
 ただ、ドクター一人が賛成してくれなかった。

「俺はあなたを守りたいのです」
「君が死んだら元も子もないんだよ!」

 作戦当日の明朝だった。俺はドクターと一緒に要塞から地上へ這い出た。まだ薄暗かった。

「こんなこと止めるんだ。そうだ、二人で逃げよう。そうすれば何も問題はないだろう」
「いずれ見つかって殺される。……俺だけなら何とかなりますが、あなたはただの人間です。無傷では済みません」
「腕ぐらい吹っ飛んでも何ともないさ。地下の奴らは見捨てて、逃げるんだよ」
「できません」
 
 きっぱり言い放つと、ドクターの目の中に映る俺の姿がぐにゃりと歪んだ。そして涙が溢れて頬を濡らした。もし造られたばかりの頃の俺なら、何故彼が泣いているのか理解できなかっただろう。しかし、今なら分かる。彼は俺のために泣いていた。俺は彼の涙を指で拭って、その身体を強く抱き締めた。

「これで三回目になるが、もう一度言おう。君なんか造るんじゃなかった」

 噛み付くようにキスをされた。知らなかった温もりも、すべて彼が教えてくれた。何かが胸に込み上げてきて、どうしたらいいのか分からなくなった。思考回路が滅茶苦茶になった。

「俺はあなたに造られて、幸せでした。もし俺を造ったのがあなたでなければ、俺はただの殺人機械として戦い、無惨に死んでいたでしょう」
「これから死ににいくのに、……」

 俺はこれから、壊れにいくのではなく、死ににいくのだった。ドクターを守るために、死ににいくのだ。

 やがて時刻が迫り、喚くドクターを要塞に返した。頑丈な金属の蓋を閉めて、それから土を掛けた。要塞には何十年分もの食糧が備蓄してあるらしい。何も心配はいらなかった。
 ドドド、と地響きがした。俺は一人、武器を手に敵と相対した。最後に浮かんだのは、ドクターの温かい顔だった。何日もかけて敵を殲滅した後、俺の機体はバラバラになって運動を停止した。


・・・




 要塞の中で、皆、固まるようにして地上の轟音が立ち去るのを待った。戦は一週間も続いた。やがて何も聞こえなくなり、要塞の中も静寂に包まれた。
 僕は地上に出た。沢山の死体が転がっていた。生きて立っている者は一人もいなかった。
 僕はロイックを探し始めた。後方で指揮官や兵士が戦の終結を喜んでいるのを尻目に、僕は僕の機械を探した。やがてそれは、敵陣付近で見つかった。

「ロイック」

 機械を名前で呼ぶことはないだろうと思って、かと言って番号で呼ぶ気にもなれず、呼称など最初から考えていなかった。しかし、彼が名前を教えて下さいと言うので、考えた。今となっては、呼んでも誰も返事してくれなかった。

「ロイック」

 彼の身体は、上半身と下半身を真っ二つにされていた。赤いオイルが地面に染み込み、白かった砂はもはや茶色くなっている。断面からはいくつものケーブルと管が飛び出していた。頭部はなかった。
 転がっていた彼の右腕を抱き締め、今度は彼の首を探し始めた。敵が持って帰ったたのだとしたら、どうしよう。しかし僕の心配は杞憂に終わった。彼の首は無数の死体に紛れて転がっていた。僕は急いで駆け寄り、その首を拾い上げた。

「もう、直せないな……」

 葬式もできないだろう。こんなバラバラの身体は、他の機械のパーツにも使えない。もし使えるのだとしても、僕は使いたくなかった。彼の身体を他の機械に組み込みたくはなかった。
 首を僕の頭の高さまで持ち上げ、すっかり冷たくなった唇にキスをした。胸が熱くなって、目から涙が溢れてきた。そしてロイックとの日々を思い出した。彼が目覚めた時のこと、彼が右腕を戦で吹っ飛ばした時のこと、彼が牢に入れられて夜も眠れずにいた時のこと、人間的情動を教えてやった時のこと、彼の硬い身体を抱いた時のこと。僕の心の中には一生残る記憶だが、彼の脳のチップには、まだそのデータは残っているのだろうか。残したまま、彼は死んでいったのだろうか。
 僕は彼の腕と頭を要塞に持ち帰った。かといって、何に使う訳でもない。僕が大切に保管する以外、彼の身体は産業廃棄物になるしかなかったのだから。


End

5/30 産業廃棄物

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