短編

(13)

 朝起きて洗面所に顔を洗いに行くと、棚のコップに掛けてある歯ブラシが一本足りないことに気づく。洗顔フォームなんかも、普段は三種類並んでいるのはひとつだけ消えている。
 しばらく帰っていないと秀は言ったが、別に突発的に出て行った訳ではなく、どこかに外泊するつもりで出たようだ。多分、俺に会いたくなくて友達の家にでも泊まりに行ったのだろう。考えることが一緒で何とも言えない気分だ。

 キッチンに行けば秀が下手くそな鼻歌を歌いながら料理をしていた。甘い匂いが漂う休日の朝。

「たっちゃんおはよ」
「はよ。……なあ、あいつって」
「あ、そこのテーブルの上の皿取ってくんない?」
「ああ、うん」

 まだ眠くてぼやける視界で、白い皿を取って秀まで届けると、綺麗な薄茶色に焼けたホットケーキが載って帰ってくる。

「マジかよ、朝からホットケーキ食うのお前」
「だって好きだし。たっちゃんの乳首の色みたいで可愛くない?」
「朝からそういうのいいわ」
「たっちゃんも食べなよ」

 食べ物が無償で用意されているのなら、それを頂かない選択肢はない。リビングのローテーブルまで運び、テレビの朝の情報番組を見ながら二人で食べ始めた。

「で?」
「あ? 何?」
「たっちゃんさっき何か言いかけてたじゃん」
「ああ……」

 シロップ塗れのホットケーキを咀嚼しながら秀の大きな目が探るように俺を見てくる。

「やっぱ何でもねえ」
「あいつって、あきちゃんのこと?」

 こいつの作ったホットケーキ、美味しくない。中が生焼けだし、もさもさして口の中の水分をことごとく奪っていく。

「ああ、うん、まあ……そう」
「何だかんだたっちゃんて、あきちゃんのこと気にしてるよね」
「は?」
「昨日も、帰ってくるなり三浦は? なんて訊いたし」
「天敵がいるかどうかの確認だよそれは」

 あんなクソ野郎、死ねばいい。三浦にされたことが頭に蘇り、再び苛々してくる。

「訳わかんねえよあいつ。俺が帰ってくるなり怒って、いきなりキレて、殴って、レイプして。頭おかしいだろ」
「いや……何か現場は色々液体飛び散って凄惨だったね」

 普段へらへらしている秀の顔が引き攣っている。別に俺が悪い訳ではないが(十割三浦が悪い)、秀には大変申し訳なく思う。俺はしばらくキッチンで料理をしたくない。

「股関節軋むは腰痛ぇは、殴られた頭もガンガンするしで、最悪だったぜ」
「そんな乱暴されたの」
「だからレイプなんだって。お前とする時も乱暴なのかよ、あいつ」

 普段の性格からして横暴で傲慢だし、相手を思いやることなど知らない自分本位なセックスをしそうだ。まさか秀ともレイプまがいのことはしないだろうが、優しいセックスなんて想像もできない。そもそもしたくもない。

「や、普通にちょう優しいけど」
「普通にの意味がわかんねえ」
「普段あんなだけどさ、エッチはアホみたいに優しいしケツ穴を気づかってくれる」
「……へえ。きもいな」
「あ、たっちゃん信じてないね?」

 だって普段のあいつからは優しいなんて単語、到底連想できない。まさに対極の位置にいる男だ。昔は、そうじゃなかったのだろうが。

「逆にもっと乱暴していいよ? って言いたくなるから。女じゃねーしさ。あと上手い」
「あー……」
「それは共感?」

 共感なんてしたくないが、あいつは上手いだろう。デカいし。あのデカくて硬いのでガン掘りされたら絶対に意識が飛ぶ。

24/30 君と恋がしたい

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