短編
(12)
その後二週間の間、三浦の姿を見ることはなかった。というのも、家にいたくなくて、講義のために大学へ行く以外は友達の家に外泊して過ごした。
だが、いつまでも人の家に世話になってはいられないし、ガキ臭いことだってしていられない。三浦に犯された記憶が脳内で再生されなくなった頃、俺は一度家に戻った。
夕方のキッチンには秀が立っていた。
「あ、たっちゃんおかえりー! つか久しぶり! 元気?」
「元気に見える? ……三浦は?」
「いないよー」
包丁がまな板を叩く音を聴きながら、リビングのソファに座る。三浦が寝床に使っているものだが、本来あの男のものではない。いつ間にか我が物顔をしている。気に入らない。
「たっちゃんしばらく外に泊まるって言ってたけど、セフレの家?」
「そうだよ。でも流石に申し訳なくて帰ってきた」
「あきちゃんに会いたくなかったから、帰らなかったの?」
率直な質問が飛んできて、キッチンに立つ秀の後ろ姿を見た。作業の手を休めることなく、話は続く。
「……そうだけど」
「あきちゃんとエッチしたの」
「合意じゃねえよ」
「だとは思った」
俺から言うべき言葉も見つからず、口を閉ざす。俺も秀もいたって冷静だった。
「何で知ってるかって? そりゃあ分かるよ。帰ってきたらたっちゃんはあんなで、あきちゃんは超絶機嫌悪かった」
「……悪い」
秀には大変気まずい思いをさせたかもしれない。あの後、俺は翌朝まで部屋に閉じこもっていたし、明らかに俺と何かあったらしい、不機嫌な三浦と二人きりだったのだから。
「怒ってる?」
「俺が? 怒ってないよ。俺は心配してる」
シンクにまな板と包丁を下げた秀が、手を洗ってリビングへ戻ってくる。そのまま俺の隣に腰を沈めた。
「心配……って何を」
「たっちゃんとあきちゃんだよ。一度も会ってないっしょ、あれから」
「会いたくねえし、会う必要もねえからな」
「仲直りなんて、もっての外って?」
いつもふざけた言動しかしない秀の瞳が、真っ直ぐに俺の顔を見る。
「仲直りしてほしいのかよ」
「当たり前じゃん。俺はやだよ、もし、二人のどっちかが出て行くなんてことになったら」
俺はそれで構わない。三浦が出て行ってくれるのであれば万々歳だし、なおも居座る気なら俺が出ることも考えてもいい。
「俺は二人とも好きだから、二人ともいてほしい」
「馬が合わない奴となんか暮らしたくねえよ」
「たっちゃんは、あきちゃんのことまだよく知らないんだよ」
「よく知ってるよ。俺を嫌ってる」
あの、侮蔑と憎悪に満ちた目で俺を見た。お前は知っているのか、秀。見たことがあるのか。
「俺は違うと思うな」
お互いの嫌悪を、俺はよく知っている。秀より、当事者の俺が。秀には悪いが、三浦と和解などできそうない。
重い腰を持ち上げ、部屋へ向かう。
「寝るから起こすなよ。三浦が帰ってきても……」
「大丈夫、あきちゃんは帰ってこない」
「よそに泊まってんの?」
「いや、しばらく帰ってこない」
「……え?」
「うん、そうなんだよね。だからずっと俺一人。超寂しいわ」
だからたっちゃん帰ってきてくれて嬉しいよ、と秀は言った。
23/30 君と恋がしたい