短編
(11)
キッチンでひとり放心したように佇む俺に、秀は詳しく追及しなかった。汚れたシンクと床を綺麗にし秀に詫びてから、部屋に引っ込んだ。他人の体液が飛び散ったキッチンなんて使いたくねえよな。
ベッドに投げ出した身体が怠い。重い。滅茶苦茶に出し入れされた箇所が、引き攣るように熱く、痛い。
「クソったれ……」
三浦はきっと、怒っていた。どうしてなのかはわからない。考えたってあいつの思考回路など到底理解できるとは思わないし、理解したくもないのだ。
今になって憤りが蘇ってくる。そもそも、最初に怒っていたのは俺の方だ。何にキレたかは知らないが、突然身動きを封じられ、殴られ、犯された。ただのレイプだ。最低だ。
そう言いきりたいが、俺だって最低の、最悪だ。冷静になって考えてみると、俺も大概頭がおかしい。自分の身体にもほとほと愛想を尽かしてしまいたい。
一番おかしいのは、訳がわからないのは、三浦が出て行く間際にした行為。微かな汗の匂いと、乾いた唇の感触。
なんて嫌がらせだ。表面が触れただけの互いの唇は、うっかり思い出しそうになる。一年前を。
「……、…」
三浦とキスをしたのも、あの日が最初で最後の筈だった。
「嫌いなんだろうが……」
顏を埋めながら呟いた言葉は、くぐもってシーツに吸い込まれる。誰の耳にも、俺の耳にも届くことなく。
いつの間にか眠ってしまったようで、部屋の外からの話し声で意識が引っ張られた。
秀……と、三浦。どうやら帰ってきたらしい。そのまま戻ってこなくてもよかった。
顔なんか合わせたくない。二度と見たくない。
唇の端を歪ませて、露骨な嫌悪と侮蔑を浮かべた顔。
目を固く瞑り思考から追い払おうとするが、ドアの向こうで静かな足音が近づいてくるのが聞こえた。
「おい」
不機嫌な声音の主は、言わずもがな。
「……」
あんなことをしておいて、一体、何の用事か。謝ろうという訳でもないだろうに。
訳がわからない。どうして俺に話しかけるんだ。
「……甲斐」
無視を決め込んでいると、ドアのノブが回る音がする。しかし扉は開くことなく、ガチャリと無機質な音を立てるだけ。鍵をかけてあったのだ。
俺に話しかけるな。どっかに行け。
そう念じていると、一枚隔てた向こうで盛大な溜め息が聞こえ、気配が遠ざかる。
「何なんだよ……」
顔どころか、声も聞きたくない。耳元で自分の喘鳴とともに聞いた、嫌いという言葉。苦味が滲み出た声。
本当に出て行ってくれたらどれだけいいか。顔を合わせれば睨み合うあの顔を見ることなどなくなる。喜ばしいことだ。もともと二人暮らし用のアパートだ、男三人で住むには狭いし、不便だ。
三浦と一悶着あってから間もない。三浦の手つきや息遣いは鮮明に思い出せる。非常に不愉快で、目を瞑った。頭の中を空にしたかった。
22/30 君と恋がしたい