短編
(3)
俺たちのルームシェア生活には、いくつか決まりがある。
食事や掃除の当番は守ること。もし無理そうなら、あらかじめ他の人に頼むこと。
他人の部屋に入る時は必ずノックをすること。
恋人やセフレを連れ込まないこと。
他人と共同生活を送るうえで大切なのは、ルールを守ることだ。自分の都合だけを考えて行動されると、他に負担が圧しかかる。暮らしているのは家族でもない、赤の他人。迷惑をかけられて喧嘩しようものならすぐに関係が悪くなる。俺はなるべく平和に毎日を過ごしたい。
「何で玄関にハイヒールがあるんだ……?」
大学から帰り、ドアを開けた瞬間に飛び込んできたのは、淡いピンク色のパンプス。この家に女装癖のある奴なんていない。嫌な予感がして、急いで靴を脱いでリビングに行く。
「三浦ァ!」
ドアを開け放てば、ソファで、三浦と見知らぬ女が濃厚なキスを交わしているところで、思わずゲロを吐きそうになる。吐くならトイレで。昨日、秀が言っていた。
女は肩を震わせ顔を離すと、真っ赤な顔で狼狽える。
「っえ、あ、明樹くん、……誰?」
三浦は気怠そうに緩慢な仕草で俺を見遣ると、無遠慮に盛大な溜め息を吐いた。癪に障る。
「あー、同居人」
「……三浦お前な」
「タイミング悪ぃな。空気読めよ」
お前が言うのかと罵ってやりたいが、問題はそうじゃない。勝手なことを口にする男に沸々と怒りが湧くが、なるべく冷静になろうと、静かに息を吐く。いちいち怒鳴り散らしていたらこっちが疲れるだけだ。
「女連れ込んでんじゃねえよ」
「秀がいないから平気だと思ってな」
「俺がいんだろ。ルール守れよ」
「ああ、忘れてた」
「あの、明樹くん」
ロングでゆるカールの茶髪で、流行りのお洋服を着た、化粧ばっちりの、量産型の女子大生。頭の上で響くような高い声。
ああ、女だ。小さくて、可愛らしい。思わず舌打ちが出る。
「お前は気にしなくていい」
「あ? 何勝手なこと言ってんだてめえ」
リビングのドアの前で、鞄も下ろさず、ただ苛々する。気にしなくていい訳がない。あんたが今いる場所は、ソファの右端は、俺の定位置だ。勝手に座るんじゃない。どいてくれ。
「細かいことでガタガタ言うな、血管切れるぞ」
「そうだな、てめえのせいでな。ついでに言うと全然細けえことじゃねえから」
何かを蹴飛ばしたい衝動を堪えると、足の裏に力がこもる。三浦はソファにくつろいで座ったまま、溜め息を吐く。溜め息吐きたいのはこっちだ。
「女入れるなって決まりだろ。何で守らねえんだ」
こいつが破るのはそれだけじゃない。もちろん、誰かの部屋に入る時にノックはしない。ゴミ出しをサボる時もある。夕飯がいらない時、前もって伝えない。思いつくだけ挙げれば片手では数えられない。
だが女を連れ込んだのは初めてだ。
「守れねえなら、出て行け」
「何でお前が俺に指図する?」
「俺の家だからだよ」
「俺を連れてきたのは秀だ」
「秀だったら言うこと聞くのか」
三浦が女を連れ込んだのは、俺しかいないからだろうか。秀がいたら、こんなことはしない。この男はわざとルールを破って、俺に迷惑をかけて、怒らせたいのか。
「そんなに俺が嫌いかよ」
三浦は答えない。冷たい目で俺を見上げる。
何でわざわざ嫌いな相手がいる家で生活している。俺に不快な思いをさせたいからか。そして俺を追い出したいからか。
三浦と睨み合っていても埒が明かない。俺の言葉が通じる相手ではない。
深く息を吐き出して、踵を返した。これ以上、三浦と女がいる空間にいられない。俺の神経が持たない。
「どこに行く」
「関係ねえだろ。彼女とよろしくやってろ。邪魔はしねえよ」
再び目に入る、ヒールのついたパンプス。我慢できずに蹴散らかして、家を出る。背後でドアが乱暴に閉まる。
14/30 君と恋がしたい