短編
(2)
俺たち三人の関係は、何とも奇妙なものだった。
「おい、醤油」
「……」
「クソビッチ」
「てめえそれ誰のこと言ってんだ。俺か、秀か? 人にもの頼む態度じゃねえだろ」
「甲斐龍彦のことを言ってんだよ。少なくとも自覚はあるんだな。醤油」
「何様のつもりだよ。自分で取りやがれ。お前が一番ちけえだろうが」
「今日の料理当番が出し忘れた醤油を、なぜ俺が?」
「屁理屈こねてんじゃねえ」
「はいはい、二人とも落ち着いてー。俺取ってくるから、くだらないことで喧嘩するんじゃないの」
秀が箸を置いて席を立ち、キッチンへと向かうと、残された俺たちは絶対に目線も合わせまいと不機嫌面で乱暴に飯を詰め込むことになる。
2LKのアパートに、男三人。ヘラヘラしている林秀と、クソ野郎の三浦明樹と、俺、甲斐龍彦。
醤油を取りに行った秀と俺は高校の同級生で、もともと二人でルームシェアしていた。傲岸不遜野郎の三浦は、秀がある日連れてきた。
「この鶏、味薄い」
途中から転がり込んできた男・三浦は何かにつけて俺に突っかかってくる。
「文句言うなら食うな」
「うーん確かに薄いかも」
醤油を手に戻ってきた秀までも。三浦は早速それを手に取ると俺の作った中華だれの蒸し鶏の上に、躊躇いもなく豪快に醤油をかけ始めた。時間にしておよそ三秒。高血圧で死んじまえ。いちいち反応を返すのさえ面倒で、俺は黙々と自分の飯を食う。
日々の食事、といっても夕食だけだが、三人でローテーションで作ることになっている。ただそれぞれ好みや感覚が絶望的にバラバラなので大抵食事中に揉める。特に三浦は我が儘が過ぎる。黙って食え。ガキか。
「たっちゃんは健康志向すぎ。紙食ってるみてーだもん、味付けが」
「俺はこの紙食って二十年生きてきたんだよ」
「よく喉に詰まらせて死ななかったな」
自己中野郎なのに顔面は爽やかなイケメンだからか、大学ではモテるらしく、常に女を絶やさない、らしい。ただその性格ゆえに長続きはしない。当然だ。俺が女だったらこんな奴とはまず絶対に付き合わない。
「安心しろ、明日は秀が当番だからお前お好みの健康害する食事作ってくれるだろ……」
「あ、俺明日帰ってこないから明日たっちゃん替わってくんない? 今度たっちゃんの日は俺やるから」
「は?」
「明日飲み会」
秀が急に飲み会をぶっこむのはいつものこと。そしてそのまま外泊して朝まで……というかその日の夕方まで帰ってこないのも、毎度。当番を替わるのは別に構わない。
「今日講義で隣座った女の子とその友だちと飲み」
「合コンかよ。つか、知り合ったばっか」
「男俺一人だから合コンではないね。話しかけたら何か仲良くなっちゃって。そのまま誰かの家泊まるから」
「爛れてんな」
「は、お前が言えたことじゃないだろ」
「ああ?」
三浦の馬鹿にしたような言い方はいちいち気に障る。確かにその通りなのだが。
秀は誰彼構わず、それこそ女でも男でもタチでもネコでもお構いなしに、その場限りの自由なセックスライフを楽しんでいらっしゃる。
俺だって秀とさほど変わらない。決まった相手が何人かいるってだけ。
「は、品行方正な三浦先生からしてみれば擦れた性生活だよどうせ」
「そうだな」
「……てめえの女ももう秀に食われてるかもしれねえぞ」
「あっはー、もしかしたら知らないうちにいつの間にかヤってたかも」
「ありえなくはないな」
自分の彼女のことなのに、冷笑。こんな冷てえ奴と付き合えるくらいだから、彼女の方も相当性格ひん曲がってんだろうな。
「ヤった相手いちいち覚えてないから。あ、たっちゃんとあきちゃんは覚えてるよ」
「それは現在進行形」
気が向いたら寝る。彼女持ちの三浦とも、秀は寝る。
所謂、セフレ。セフレを兼ねた同居人。それが俺たちの関係。
といっても、それは秀と俺たち二人の間に限ったものだ。
俺と三浦は別に何でもない。ただの同居人。強いて言えばいけすかない。
「つうか、甲斐と二人とか、吐きそう」
「それは俺の台詞だ」
三浦と二人で過ごすなど、なるべく避けたい状況だ。苛々しかしない。
しかし、秀と俺は自分の部屋を持っているが、三浦はリビングを本拠地にしている。必要な時以外は部屋に籠るにしても、どうあったって顔は合わせることになるのだ。俺もどこかに外泊しようか。
「あきちゃん吐くならシンクじゃなくてトイレにしなよー、臭うから」
「それはこの馬鹿に言ってやれ。前、玄関で俺の靴の上で吐いた」
「まだ根に持ってんのかよ、一年も前の話だろ」
「お前のせいで俺のものが汚れていく。さっきのシャツも」
「あーそう悪かったな。何故かいつも俺の前にお前のものがある」
自分で作ったものを強引に口にかき込んで、ごちそうさまを吐き捨てる。ありがとう美味かった俺の飯。シンクに乱暴に食器を置くと、ガシャンと耳障りな音がする。
「あきちゃん嫌なら外でご飯食べてくればいいんでない?」
「金ないから無理。金渡されて頼まれたら外で食ってきてもいいけどな」
「誰がやるか。金ねえならバイトしろ」
「は、生憎、ゆる人文と違って教育学部は忙しいんでな。バイトなんかする暇ない」
「教育は実習多いしねー」
「ああ……そうだ、甲斐、お前明日外で食って来いよ」
「はあ?」
それはなんて暴論だ。さも当たり前のような涼しげな表情で言いやがる。
「何で俺がお前のために外食しなきゃいけねえんだよ。俺だって来週の給料日まで苦しいんだ。てめえの都合を押しつけんな」
振り返り、三浦に言い返す。
そのまま二人を置き去りにし、自分の部屋に引っ込んだ。
13/30 君と恋がしたい