短編
(1)
君と恋がしたい
登場人物
甲斐龍彦(かい・たつひこ)
黒髪短髪の(多分)男前。ネコ。
三浦明樹(みうら・あき)
茶髪イケメン。自己中。彼女がいる一応ノーマル。
林秀(はやし・しゅう)
金髪で節操なし。誰とでも寝る。
「たっちゃあん……」
背後から覆い被さる男が、高めの声音で甘えるように囁く。甘ったるすぎて、胸やけを起こすくらい。部屋の蒸した温度も相まって脳味噌も腐ってしまいそうだった。
まだ五月の後半だというのに、部屋の中は暑かった。クーラーが設置されているにも関わらず、後ろの男はそれを用いることをよしとしない。男の部屋にあるのは、使い始めて三年目になる扇風機だけ。左右に首を振りながら、けして涼しいとは言えない風を緩やかに送り続けている。おかげで身体中がじっとりと汗ばむ。
今は何時か。こうしていつのものようにだらだらとセックスを始めて一体どのくらいの時間が経過したのか。この空気の不快指数に流石に愛想を尽かしたらしい部屋の主も、今は中休みと抽挿を止め、四つん這いになった俺の尻に突っ込んだまま甘えるように俺の背中に顔を埋めたり項を噛んだりしている。こいつの痛んだ金髪が肌に刺さってくすぐったい。
「あっちいから終わんねえ?」
もう首さえ動かしたくなくて振り返ることもせず、白いシーツに向かって呟けば、背後から「えー」と気の抜けた非難の声が降ってくる。
「俺まだいきそうにないんだけど」
「俺もう疲れた……」
「そりゃたっちゃん二回もいったもん。甲斐性ないよ」
「お前が遅漏なんじゃねえの。つうか俺、晩飯の用意しなきゃなんだけど」
「晩飯は……いいよー、あきちゃんに何か買ってきてって頼もう」
「やだよ。あいつ脂っこいもんしか買ってこねえし。胃もたれするから無理」
「はあ? バテるの早いし胃駄目だし、たっちゃんじじいかよ」
「うっせえな。じじいだったらこんなセックスしてねえよ」
色気の欠片もない会話をしながらも、俺は晩飯何を作るか脳の片隅を考え始める。暑くてあまり火を使いたくないから、ぱぱっと簡単に作れるものがいい。電子レンジで手早く済ませたい。
「仕方ないなー」
背後で髪の毛を掻き上げる気配がする。抜いてくれるか……と思いきや、ゆるゆると抽挿が始まるものだから、ぎょっとする。
「え、おま、自分でやれよ」
「目の前に穴があんのに何で自分の手でやんなきゃいけないの」
「俺、も、疲れたって……ぅ、あア!」
入口付近で浅く抜き差ししていたのが急に奥まで貫かれ、思わず大きな声をあげてしまった。腰の奥に強い痺れが走り、背中を丸める。
「もちょっと締めてくれたら……早く終わる、かも」
「ふざけんな……!」
「あと、俺、唐揚げ食べたい」
耳元で熱っぽく囁かれる。そんなに唐揚げが食いてえのかこいつは。しかし切実そうに言われても唐揚げは作ってやらない。時間がかかるうえ、こんな暑い日に揚げ物なんか死んでもするか。
「ひ、あ、あ、……ゥう、ん!」
「たっちゃんまたガチガチのダラダラじゃん……何回いくの?」
呆れたように言いながら、男の手が、俺のエアバックみたいに硬くなった性器に触れ、あろうことか根本を強く絞める。絞られたチューブのように、先端から先走りが溢れ出すのがわかった。強すぎる快感に死にそうになる。
「馬鹿、握んな……!」
「じゃないとすぐいっちゃうでしょ」
「いかせろよ……」
シーツに顔を擦りつけて、すでに体勢は四つん這いでなく尻だけを高く持ち上げるような、間抜けな格好をしている。そのまま上から奥まで突いて欲しいのに、腕を引かれ、背中が反る。力の入らない脚で、膝立ちの状態にされ、激しくピストンされたらたまったもんじゃない。体重をどこに預ければいいのかわからず、脚も腰も辛いし、本当殺意が湧いてくる。
「あー、いい、いきそう」
「んっ、…あ、いけ、早く……ッ」
「ん……、っ」
もう中出しでいいから、早く終われ。ぼんやりとする頭の中で念じる。男が首元で息を詰める――のと同時に、部屋のドアが突然開いた。
「秀、お前また俺の服勝手に持って行っただろ」
「っえ……?」
戸口に立つ男が文句。背後の男の間の抜けた声。声もなく、三度目の絶頂を迎える俺。
茹だるような部屋の温度が、一瞬で冷める。息も切れ切れに汗を掻きながら交わる俺たちの様相を視界に認めたその男は、慌てることも恥じることもせず、腰に手を当てたまま平然と突っ立っている。
「お前ら夕方からやってんの」
戸口の茶髪のイケメンが溜め息混じりに、呆れたように呟いた声は、扇風機の中心に吸い込まれてゆく。俺はというと、射精して冷静になった神経だというのに、沸々と腹から怒りののようなものが込み上げる。
タイミングが悪すぎるだろ。
「この部屋暑すぎ。死ぬぞ」
「……おい、てめえのせいで遅漏野郎がいきそびれたぞ」
「あ?」
男の顔が不機嫌そうに歪む。
「お前のケツがガバガバなんじゃねえの」
「タイミング考えろっつてんだよクソ。つうか勝手に入ってくんじゃねえよ」
「は? 今更だろそんなの。プライバシー考えろとか言うつもりか?」
全裸で股間剥き出しの真っ最中にこの男がどうでもいいような用事で部屋に入り込んできたことは、過去に何度もある。最初は何て無神経な野郎だと憤慨していたが今ではもう、確かにこいつの言う通り、今更な話である。この男は人の言う事を聞かない。
無神経男は、ずかずかと無遠慮に歩いてきた。そしてベッドの脇に乱雑に寄せられた服の集合体から皺になったストライプのシャツを摘み、持ち上げる。
「秀、これ俺の服」
「あは、ごめん借りた!」
いきそびれたにも関わらず、いまだ挿入したまま俺の背後に控える秀はいつもの調子の良い声で、悪びれた風もなく、笑う。男はシャツの表面を目にすると、途端に顏を顰めた。シャツの裾に、どろっとした液体が付着している。何十分か前に俺が出したものだ。
「ありえねえ、なんかついてんだけど」
「あ、それ俺じゃなくてたっちゃんのだから」
秀が言った途端、男は盛大に舌打ちをした。舌打ちをしたいのは俺の方だ。よりによって、こいつの服かと。
「もうこのシャツ着ねえわ。捨てる」
「何キレてんだよ。お前が自分の服管理できねえのが悪いんだろうが」
「人の服にザーメンぶっかけといて何言ってんだ」
「お前の服だって知らなかったからな」
もういい、とばかりにこれまた盛大な溜め息を吐いて男は去ろうとする。秀は悪びれもせず、ごめーんと心にもない謝罪。お前が悪いんだからちゃんと謝れ。何で俺がキレられなきゃいけないんだ。
「つうかもう六時半だから。飯」
男はふん、と鼻で笑うと乱暴にドアを閉めて向こうに行った。
何でこの不遜な男の分の飯まで俺が用意しなければならないのか、甚だ疑問。
それより秀のブツは俺の中でまだ体積を保ったまま。もう付き合う体力もなく、俺は秀から離れる。まだ勃起した状態のものが、中からズルリと抜ける。
「えー、たっちゃん」
「自分で抜け、遅漏」
秀を冷たく突き放し、衣服を整える。あのクソ野郎がまた口を開く前に準備をしなければならない。
12/30 君と恋がしたい