叢中の男

(7)

 それから、飲んだ。恐縮する朱睿に飲ませ、また自分も飲んだ。会話も弾んだ。彼とは年もあまり変わらないようで、だからか余計に、初対面だというのに姜堅は数年来の友人の再会したかのように談話した。案外に酒に強かった。

 ただ、彼とは反対側に座る隣の男の空気はよろしくなかった。呂飛だ。
 朱睿が現れ挨拶をした時点から、姜堅にしか分からない、どことなく気分が悪そうな雰囲気なのである。寡黙な彼はやはり寡黙だが、先程から姜堅に何か伝えたくて堪らない、という風にちらちらと視線を投げ掛けてくるのである。

「さっきからどうしたんだ、呂飛」
「……」

 しかし姜堅が問うても、この調子でだんまりの一点張りなのである。これには施す手がなく、彼が自然に話す気分になるまで――といったら恐らく酒宴がお開きになってからだろう――待つことに決めたのだ。
 代わりに反対の隣に座る朱睿と言葉を交わす。
 
「伯謀、あんた、都から来たと言ったな?」
「ああ。健福には出稼ぎに出ているんだ。久々に帰ってきたらこの騒ぎだから、驚いた」
「……復興は進んでるのか? 昔、大火があったじゃねえか」

 十二年前、宗国――当時は淡朝だったが、首都の健福で大規模な反乱が起こった。淡最後の皇帝・輝帝の暴政に耐えかねた民が暴徒として蜂起し、首都の宮殿・山倖宮を襲った。その時健福の町も炎に包まれ灰となったのだった。
 一旦、首都としての機能を喪失した健福だが、今も休まず復興作業が継続され、徐々に回復しているとの噂は耳にする。

「大分、もとの姿を取り戻しているように思う。再び全国から商人も集まってきたし、随分と賑やかだ」
「帝が全て復興の指示を出しているんだろ?」

 現皇帝の太輝帝は、十二年前の大反乱の首謀者でもある。やや強引ではあるものの決断力に富み、一度は己の手で滅ぼした健福を今の状態まで蘇らせたのは彼の手腕であると専らの噂である。

「ああ、彼は優れた君子だ。自分が一度は滅ぼした宮殿も再建し、完全にとはいかないが昔の町並みそのものを復元させた。たった十二年でこの偉業、彼以外に誰が成せよう」
「痛く気に入ってるみてえだな、太輝帝ってのをよ。そんなにすげえ野郎か?」
「人間(じんかん)ではそう言われている。間違いではないし、私もそう思う。君は帝のお姿を拝見したことがあるか?」

 滑らかに語る朱睿に問われ、姜堅は些か気に入らない。帝のお姿。見たことは、あるにはあるが、相当昔のことだ。

「いや、ないね。別に見たいとは思わねえし。見たって運気が上がる訳でもねえ、富が手に入る訳でもねえ。皇帝と言っても単なる男だ」
「太輝帝は淡王朝を滅ぼし天下を治めた大人だぞ。民は皆、一生に一度でもいいからお姿を拝見する日が訪れることを祈っているというのに」

 宗という豊かな国を築いた太輝帝を、国民は神格化している。他の者と同様に崇め褒め称える朱睿の目は輝いていた。
 あんな男のどこがいいのだ、と姜堅は一人、酔いが醒めそうになってしまう。

「やめろやめろ、その話は。酒の席で国の話なんかしてられるか」

 
 それから色んな話をした。朱睿は宗各地を巡った経験があるらしく、健福の土地や風俗、人々に限らず、全国の多くの場所について語ってくれた。姜堅が見たことも聞いたこともない話ばかりで、それらは興味深かった。
 逆に姜堅も、これまで働いてきた行いについて話した。賄賂を渡し非合法な手で一族を官吏に推薦させた資産家の家から宝剣を盗んだり、鞭打ちの刑で民間人を死なせてしまった役人を大樹に縛り付けて同様鞭で打ってみたりと。朱睿には信じられない話のようだったが、やはり興味津々といった様子で聞き入っていた。太陽は沈みゆき、気付けば夜も更けていた。


「ありがとう、今日は君と話が出来て非常に楽しかった」
「こっちこそ、手下以外の男と飲むのは久しぶりだ。あんたの話が聞けて為になったさ」

 朱睿がもう退席するというので店の外まで見送りに出ていた。昼間は賑やかだった通りには虫の鳴き声以外には、酒屋の喧騒しか聞こえないほど静まっていた。

「機会があれば、またあんたと飲みたい。暫くはこの町にいるのか?」
「そのつもりだ。いつ発つかは決めていない。宿で数日、ゆっくりしようと思う」

 別れの挨拶を交わして、男は去って行った。長い黒髪が月光に照らされ艶々と輝いていた。

 学のない姜堅にとって朱睿の話は至極新鮮な内容だった。何年も荒くれ者の野郎どもと暮らしてきたゆえに、彼のような教養人と話すのは久しい、或いは初めてかもしれなかった。お互い正反対の身の上について話すことが出来て楽しかった。
 しかし。

「……頭」

 背後に呂飛がずんぐりと佇んでいた。夜闇に浮かぶ大柄な影は大木のようだった。

「あいつ、役人だな。お前も気づいたんだろ?」

 呂飛が神妙な面持ちで頷く。
 姜堅も呂飛も、彼が盗賊を追って派遣された役人であることを見抜いていた。一介の旅人と自称していたが、身の振る舞いの端々から滲み出る品の良さや徹底された礼儀から、一般の人民ではないことは分かった。
 そこら辺にいる普通の官吏だとしても、その佇まいは平凡ではない。彼はきっと、中央か郡から派遣されたのだ。でなければ盗賊を前にして落ち着き払えるとは思えない。

「あの野郎、俺が一人でいるところを捕えるつもりだろう」

 そして上に突き出して刑に処すのだろう。県令殺害の罪は重い。
 
「……追いかけますか」
「やめろ、今はまだ殺すな」

 朱睿が役人であるという点だけが残念であった。そうでなければ、一人の友人として付き合えたかもしれない。

18/19 第一章

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