叢中の男

(6)

 町の民、と思ったが、それにしても服装が小奇麗だ。暗い色の長衣を纏い、腰には短い小刀が差してある。長い裾を引き摺って歩く彼らは旅人か、それとも。
 彼らはまず凱婆さんに何かを伝え、盛大な酒宴が開かれる広間へと真っ直ぐに向かってきた。姜堅は杯を傾けつつ彼らの様子を上目で伺いながら、隣の男を肘で小突いた。

「おい、呂飛」
「……はい」
「気づいてるか」

 呂飛が静かに首肯したのが気配で分かった。頭は酒のせいで熱く痺れているのに、その中でヤケに冷静でいる部分がある。その部分だけ酔いが覚め、侵入者の動向に意識を集中させているようだ。
 二人のうち一人――頭頂部で髪の毛を一纏めにした男が壁際で止まり、片方の男は静謐な面持ちで姜堅のところへ近寄ってくる。姜堅は杯を乾し、大きく口を開けて笑い、呂飛の杯に酒を注ぎ足した。

「遠慮するな呂飛! もっと飲め! 折角の祝い酒だ、ちびちびやってると損だぜ」
「…………」

 男が目の前で立ち止まり、静かに膝を突くと軽く頭を下げ、拱手して礼すると突然口を開いた。

「不躾で申し訳ございません。かの姜堅殿が町にいらしていると聞きつけ、失礼ながら参じました」

 滑らかな言葉遣いだった。訛りや淀みのない挨拶に、姜堅は僅かに目を瞬かせて男を凝視した。
 年は姜堅と同じくらいか。長く艶のある黒髪を頭の後ろで縛り背中に垂らしている。顔立ちは驚くほどに整っていた。

「誰だ、あんた」
「朱睿。朱伯謀と申します。旅の者で、久しぶりに故郷へと戻って参りました。聞くところ、圧政を行っていた県令の張旻に制裁を下しなさったとか。感謝いたします」

 姜堅は返す言葉もなく、まるで自分の弟分のように黙りこくっていた。何なんだ、この男は。
 姜堅は取りあえず、朱睿とやらに酒を勧めてみた。最初は遠慮されたが、しつこく杯を押し付けると不承不承といった風に受け取った。

「では、お言葉に甘えて」

 いい飲みっぷりだった。杯を傾けると一息に飲み乾したのを見て、姜堅は口元に笑みを浮かべた。

「すごいな、あんた」
「姜堅様から杯を頂き光栄です。用事と申しますのは一目姜堅様にお会いしたかったというもので、今、それが叶いました。退席させて頂きます」
「待てよ、伯謀さん。早々に逃げることはないだろ。もう少し付き合えよ」

 立ち去ろうとする朱睿を手で制し、留まらせる。共の男もいるようだが、そのような小さなことには構わなかった。一度宴席に入ったならすぐには帰さない。それが姜堅の性質だった。

「ですが、見ず知らずの私がいては一行の皆様にご迷惑ではないでしょうか」
「うちに野郎共はそんな細かいことは気にしねえ。どうか残っちゃくれねえか」

 朱睿は僅かな逡巡の後、微笑を浮かべて頷く。

「では謹んで同席させて頂きます」
「ああ、今日は無礼講なんだ。あんたも思う存分騒げばいいさ……それよりその敬語はどうにかならねえか」

 朱睿を隣の席へ勧めながら、姜堅は少しむず痒いものを覚えていた。
 彼の水のような流麗な動作や丁寧すぎる言葉遣いが、自分のような粗野な男に対するには大変相応しくない。拱手や礼をされた経験は過去になく、ここまで礼儀を尽くされたのは初めてだった。自分たちと民のことを考えて行動しただけなのに、ここまで下手に出られると逆に畏まってしまうし、怪しくも感じるというものだ。

「ですが私は一介の旅人。貴方は町の英雄です」
「英雄だって!? 面白いことを言うな。確かに俺は町の奴らには感謝こそされているが、同じように一介の、ただの無頼漢だ。しかも盗みを働く山賊だ、本業はな。あんたが礼を払う価値がある男じゃねえ」

 言い包めようとする姜堅の勢いに負けたのか、朱睿は「分かりました」とだけ言うと改めて杯を手に向き直った。

「改めて願い申し上げたい。私も共に飲んでも構わないだろうか」

 そう、落ち着いた口調で一言。姜堅は満足げに笑むと、店内を忙しなく移動する凱婆さんに酒の追加を頼んだ。

17/19 第一章

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