叢中の男

(3)

 その夜は熱かった。

「張旻(チョウビン)の首は俺が取った! もう既に圧政を行う下衆はいねえ! 役人共は殺されたくなければ庁舎から去れ!」

 一か月前の釧県、県令の居る庁舎内、一室。
 その荒々しい言葉は踊る炎の如く、燃え盛る庁舎内によく響いていた。一人の男が県令・張旻の首を頭上に高く掲げ、周囲に見せつけるように巡らす。それを見た者たちの数割は、ひいと悲鳴を上げながら建物の出口へ向かって走った。それを止める者は何人もいない。
 逃げ惑う者たちとは対照的に、長衣を羽織らぬ粗野な風貌の男たちは刀剣を持った腕を高く掲げ、野太い勝ち鬨を上げた。彼らは皆、軽装である。また、短髪である。宗国の者にしては珍しい格好をしていた。

「逃げた奴らの後は追うな! 敗北した虎狼へ逃げ道は一つ、与えておくものだからな」
 
 県令の首を腰元まで下げ、男は子分たちに言った。彼の刀は血と脂に塗れ、炎の立ち上る床に無造作に放置されている。それを同じように、彼自身も他人の血で真っ赤に染まっていた。
 彼の頭髪も真っ赤に見えるのは血液のためではない。彼は元来、生まれ持っての赤髪だった。宗国の生まれではない。
 その男の姓は姜(キョウケン)、名は堅(ケン)。字はない。生まれは異国・希の人であった。そして、釧県を拠点に活動する盗賊の首領であった。

(――熱い)

 姜堅は血に濡れた腕で顔から滴る汗を拭う。元々汚れていた顔にべっとりと鉄の臭いが絡みつく。周囲の炎が身体の外側から炙っているようだった。

「頭ぁ! さっさと逃げましょうや! 亭長が来ちまったら面倒なことになりまさぁ!」
「応! てめぇら、金品は放っておけ! 早く逃げねえと役人のくっせえ臭いが移っちまうぞ!」

 姜堅は男の首を急いで頭巾で包みながら、霞む視界の中に散らばる男どもに指示を出した。すると間もなく「へい!」と威勢の良い返事が返ってくる。今は、財宝を盗んで行く余裕はない。

 姜堅。盗賊の首領――性は豪胆にして粋。彼の厭うものは悪政を行う為政者。民を虐げる者。
 彼の率いる属は、小人の家宅を襲撃し、金品を奪う。その中から自分に見合う物を繕い、残りは貧しい者へ与える。それが姜堅たちの掲げる義であり、出来る最大の施しだ。

「よしてめぇら、準備の出来た奴から表へ出ろ!」

 その夜は熱かった。
 十二年前の事変を彷彿させるが如く、炎が激しく燃え盛っていた。

14/19 第一章

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