叢中の男

(1)

 宗の国の月は歪な形をしている。饅頭のように丸い形ではなく、檸檬のような楕円形だと人々は言う。その月は見上げる方向によって現す姿が異なるとも言われる。
 南方の人はその月を鼎のような形、北方の人は檸檬だと捉える。更に、南西の民族は柘榴だと言う。柘榴だと語るのは形のためだけでなく、色もその理由の一つだ。月に一度、普段の金色から鮮やかな紫色に、子から丑の刻までの間、変化する。南西民族は古くからの伝承に存在する竜が、地上を彷徨した後に僅かな間だけ月に戻って休息するために色が変わるのだと信じていた。
 南西の民族だけでなく大陸には太古から月や竜に関する伝承が残されている。それは単に国を災害から守るために奉るための偶像ではなく、実際に竜だろうと思われる人間が存在するからである。
 春(シュン)という名の少年もそうであった。

「…ッ、はぁぁっ、……ん、あ!」

 虫の羽音さえ聞こえない月夜には大層似つかわしくない、淫靡な声音。多分に艶を含んだ声は女性にしては低く、しかし男性にしては高い。変声前の少年のもの、と判断するのが適切だった。
 月光が照らし出すその光景は、竜でさえも目を逸らしたくなる程の危険な空気を孕んでいた。

「今宵はやや気が集中しておらんな。もっと美しい声で鳴け、夜鳥よ」

 少年、春は一人の男の腰上に跨って、たどたどしく腰を動かす。その度に小さな唇から乱れた嬌声が零れるが、彼の顔は桃色に蒸気し視点も虚ろで、真っ当な意識を保っているとは考えがたい。
 彼を支配する絶対的な快楽。それは彼の中に侵入する男の性器と腸壁とが成す摩擦によるもので、本来ならその挿入口は異物を受け入れる場所ではない。しかし二年程前から毎夜のように肛門による性交を強いられている春にとって、さして辛い行為ではなかった。
 男――淡王朝の第六代皇帝である輝帝が春を捕えたのは、先の希民族討伐にてとある小さな邑に侵攻した際のことであった。
 馬での戦法を異国から取り入れた淡軍は、圧倒的強さでもって邑を攻めた。本来、一つの小さな邑など取るに足らない。淡軍が通った後の邑には火の手があがり、灰の邑と化した。
 征服後の土地の末路について、知らない者はいない。食糧は兵士によって強奪され、男は命を奪われ、女子供は強姦される。戦いに負けたからには仕方のないことだったが、一人、上手く逃げ延びた婦人がいた。
 彼女は一人の幼い子供を連れていた。それが春であった。春は希民族特有の真っ赤な髪の毛を持つ、美しい少年だった。そればかりでなく、非常に珍しい金晴眼の持ち主でもあった。
 その奇異な色を持つ彼は、邑の人々から“赤竜の子”と呼ばれ尊ばれてきた。婦人が生き延びたのも、春の持つ独特の運のためだった。
 しかも、彼は人の病気を治すという不思議な力を持っていた。婦人が怪我をすると、春はそれを瞬時になかったことにしてしまうのである。だから婦人は「やはりこの子は竜の落胤なのだ」と確信し、彼を生かすことだけを考え、自らは井戸に落下して死んだ。自分が息子の足手纏いになることを賢母は知っていたのである。
 少年は嘆き悲しむ暇もなく、淡軍に捕らえられた。当然、自らを捨てた母を憎んだ。更に不運なことに、村人は赤竜の子を差し出すかわりに他の捕虜は解放して欲しいと淡軍の将軍に頼み、それは聞き入れられた。
 そして春は類稀な容姿と能力から、淡の皇帝・輝帝の養子となった。
 しかし養子とは表向きだけで、扱いは宦官や奴隷に近かった。書を携えて宮殿中を走り、義父である皇帝の身の回りの世話をし、毎夜の如く夜伽の相手を務めた。

『貴様は名器だな、春よ。竜と交わることが出来るなど、私は幸運だ』

 雑用ならば平気で耐えられたが、唯一の不運は輝帝が男色家であったことだろう。彼は好んで美少年の春を傍らに置きたがった。
 絶望的な立場を嘆くことも許されず、春は流れに身を任せた。

「あっ、ひゃ、ぁ……ッ、も、いや、やだぁっ」
「何が嫌だというのだ。貴様も喜んでいるというのに、口では思いもしないことを言う」

 この時期、輝帝の体調はあまり優れなかったが、夜伽となれば話は別である。五十を過ぎた老体で、春を激しく攻め立てることは未だ容易であった。
 春は毎晩泣いた。容赦なく突き上げられ、揺さぶられ、射精に導かれる。少年を自らの手で乱れさせることは輝帝の楽しみであるらしかった。

「ぅあ、あ、あッ……、抜いて、抜いてくれ……っ!」

 光を隙間から送り込む月の存在も気にかけずに、春は懇願した。下から突き上げられる振動で切れ切れになりながらも、輝帝に必死に頼む。しかし輝帝はそれを愉快そうに見上げるだけで、決して律動を止めようとしない。そればかりか春の天に向けて真っ直ぐに屹立する雄を掴み上下に扱き始めた。

「抜いて欲しければ、私の上から自分で避ければよかろう。逃れたければそれしかあるまい、竜の子よ。賢い貴様なら分かるだろう?」
「ひっ、んあ、はっ…、ッ!」

 輝帝の寝所は耳を塞ぎたくなる程の淫音に満ちていた。じゅぷ、じゅぷと泡立つような水音がかしこから聞こえる。輝帝の手の中に納まる未だ未熟な性器、挿入による摩擦で悦ぶ後孔。男の楔が中を穿つ度に春は悲鳴を上げた。圧迫感と悦楽で意識を手放しそうだった。

「我が愛しの竜の子よ。願わくば、永久に私の傍らに……」
「あッ、はぁ、っ――!!」

 敏感な場所を突かれ、春は輝帝の手中で吐精した。輝帝も少年の腸壁に精を叩きつけた。
 月の色が一瞬、紫を帯びたのに気づく者はこの夜、何人もいなかった。

9/19 導入章

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