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おそろい
ハロウィン、風習の薄れた都市では、このお祭りは単に子ども達がお菓子を貰って喜ぶようなイベントである。
夕方、日が傾いて窓からの光が眩しい頃、セオの家のチャイムが鳴った。来た来た、とセオは思い、台所に、用意しておいた大量のビスケットを取りに行った。適当な布に包み、ケーキを買った時のリボンをかける。両手で抱えるくらいの大きさで、多分40枚くらい入っている。
「はいはいー。」
扉を開けるとそこには、思った通りの街の子供たちがいた。10人前後だろうか。
「トリック・オア・トリート!」
彼、彼女らは声をそろえて叫び、代表の女の子がセオに籠を差し出した。セオはその中にビスケットの包みを入れてあげる。子ども達は口々にありがとうと礼を述べると、次のターゲットを求めて去っていった。毎年、少しずつメンバーを変えながらも彼らは来る。いつの間にかお菓子を貰う側からあげる側に変わっていたセオだが、この役目も楽しくて好きだった。
悪くないなあ、と思いながら見送っていると、子ども達とすれ違ってやってくる男の姿が目に入った。ディエゴだ。彼はセオが玄関に居るのを見つけると、スタスタと足早にやってきた。
「オレを待っていてくれたのか?」
ディエゴは冗談ぽく笑って言う。
「そんな感じです。」
セオも笑って返した。ディエゴはそんな彼女の頭をなでると、続けて頬にちゅっと唇をくっつける。
「電話をくれたら夕飯の準備をしましたよ?」
「いいや、今日は時間が無かったし明日も早い、一瞬でも会いたかっただけだ。」
「・・・ふふ。」
「ハロウィンだから君に贈り物の一つでもしたくてさ。」
「え、そんな、贈り物なんて。」
「そんな遠慮した風にいって、セオ、君も何かあるんじゃあないか?」
「自信過剰ですよう。」
なんて言ってみるが、もちろんセオもディエゴは来るだろうと思って焼き菓子のひとつくらい作ってある。近所のちびっこにあげるビスケットとは別に、丹精込めて作った傑作だ。
明日は朝早くからレースの準備なので早く帰らなければならないディエゴを玄関に待たせ、セオは再び台所へ走った。まだオーブントレーの上に載せられたまま、焼きたてでつやつやしているフロランタンを急いで箱に詰める。白くて底の浅い箱に丁寧に詰め、リボンの代わりに造花を張り付けて完成だ。
ちょっと雑になってしまったと後悔しながらも、お菓子作りの最中は一生懸命の塊だったから許してほしいと譲歩を願う。
「お待たせしました!」
玄関に走って戻った勢いのまま、ディエゴに箱を押しつける。ディエゴはよろめくことなく箱を受け取ってくれた。
「フロランタン、作ったんです。いい感じのアーモンドがあったので。レースの合間にぜひ食べてください、甘くて元気が出ますから。」
「フロランタン!オレのために作ってくれたのか?ああ、嬉しいな・・・しかもよりによって・・・オレ達は本当に通じ合っているんだな!」
なぜだか酷く感激しているディエゴは、白い紙袋をセオに差し出した。ロンドン市内で有名なお菓子屋さんの袋だ。中には茶色い包みの箱が一つ。
「きっと喜んでくれるはずだ、ブリュメールさんと食べてくれ。」
「中身は教えてくれないんですか?」
「自分で確認してくれ、悪くは無いぜ。」
じゃあな、と言ってセオの服の裾を掴むと、ディエゴは彼女の頬にもう一度ベーゼ。そして名残惜しそうに、しかし足早に彼は去っていった。
中身は多分フロランタンなんだろうな、と、セオは察する。通じ合ってる、のだろうか。相手にあげたいものがお揃いになってしまうなんて、初々しい感覚で嬉しくなった。ぎゅっと紙袋を抱きしめて部屋に戻る。ブリュメールが帰ってくる前に食べきらないよう、気をつけなければ。