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ささやかな嫉妬は黄色


 春、草木芽吹き、芝は綺麗に生え揃った競技場。競馬の季節の始まりである。毎週のようにレースの行われるコースの土は整えられ、ディエゴとシルバーバレットの凱旋行進の道となる。
 ディエゴは毎日忙しくなった。平日はいつも以上に競馬関係の仕事に追われ、馬の世話も冬以上に必要になった。いつも通り忙しいセオと折り合いの合わない期間が増え、ほぼ毎日のように会えていたのが最近は2.3日にいっぺんである。それくらい会えれば十分だとブリュメールには言われるが、2人は、特にディエゴはそれでは不満だという。

「今作業切り上げたので、今からそちらに行きますね。」
「ああ、待っている。コースにいるからそっちに来てくれないか?」
「わかりました!」

 夕方、である。セオは一日のノルマを終え、清々しい気分でディエゴに電話をした。持ち主の留守である研究室に設えられた電話から、ディエゴがシルバーバレットと身を置いている厩舎へ。院に進んでいくらかが過ぎて、時間に余裕はないが心にいくらかの余裕ができたセオは、こうして自分からディエゴに会いに行くようになった。
 大学と厩舎はさほど遠くない。歩いて20分もすれば建物が見えてくる。


 建物には入らず、横を通って競馬場の方へ向かう。そこでセオは、デジャヴを感じる光景を見た。競技場の中には入らないものの、そこに張り巡らされた柵には女性の群れ。中にはメディア関係に人もいるらしい。がしかし、多い。セオは祝賀会のことを思い出した。あの時もこんな感じに、大勢の女性がディエゴを囲んでいた。今回は柵のおかげで距離はあるが。
 コース内ではディエゴがゆっくりとシルバーバレットを歩かせている。一日のメニューは終わり、クールダウンをしているところらしい。自分に気づいてもらうために名前を呼びたかったが、この大人数の前でやる勇気はない。
 ディエゴが馬小屋へと戻っていく。女性達は各々残念そうに「あーあ」と落胆の声を漏らしたり、アンコールに出てくるミュージシャンを待つようにディエゴの名を呼んだりした。
 セオは急いで馬小屋に向かう。女性達に見つからないように出来るだけこそこそとして、目立たないよう心がけた。セオとディエゴが会っていることは、誰に見つかっても構わない。隠した関係ではないのだが、セオにはなんとなく、出来るならあまり目立たないようにした方が良いのかという気がある。特にというか専ら女性のファンの前では。容姿端麗眉目秀麗、乗馬が最高に上手くて、資産もある、生まれに関係なく貴族のようなディエゴのファンの多くは女性である。シンデレラストーリーを夢見ているような人々が何人いて、セオという恋人が公にされることで、何人がディエゴのファンを辞めようといいだすか。まるで恋人がいてはいけない偶像(アイドル)のようにディエゴを見ている人もいるのだから、セオはでしゃばってはいけないのだ。と、彼女自身は思っている。SBRレースやその後の祝賀会なんかであんなことそんなことがあって、ほぼ公認になっているようなものだとしても。ディエゴ自身が全く気にしていないとしても。

「ディエゴさーん!」
「・・・セオ!」

 シルバーバレットを家に帰したディエゴに飛びつく。彼はセオを抱きとめ、今日初めて会った彼女の頬にキスをした。セオはえへへと照れて頬を押さえ、彼にキスを返す。
 ブーツやら服やらが泥で汚れてることを気にして、ディエゴはセオを直ぐに離した。服を引っ張って泥汚れを見せ、眉毛をハの字にしてごめんなと一言。

「出る準備をしてくる、少し待っていてくれ。」
「ここで待っていますね。」
「玄関でいいぜ?」
「あ・・・うーん、玄関はちょっと。」
「なぜだ?」

 玄関は今「出待ち」で忙しい女性陣で溢れているから。
 トレーニングの終えたディエゴがここを出て家に帰るのだと知っている人々は、隔てる柵のない玄関でまだ彼を待っている。囲んでサインを求めて握手をしてもらって、あわよくばちょっとお話をして仲良くなろう、なんて夢を見ている淑女だらけなのだ。玄関前で社交パーティーは流石にいただけない。大体ディエゴはそんな人達に見向きもせず帰ってしまうのだが。
 なぜの理由をはっきり言えずにもじもじしているセオを見て、ディエゴは理由を察する。しとやかで大人の女性らしく落ち着いているセオでも、嫉妬心は人一倍だと彼は知っているから。

「なるほどね。」
「・・・そんなにニヤニヤしないでください。」
「女どもに見せつけてやればいいんだ。」
「でもファンの方に悪いです。」
「ファンの奴らに気を使っていられないくらいイライラしてる君が何を言うんだ。」
「言いかえす言葉がありません。」

 シュンとするセオに、ディエゴは悪かったと笑って謝る。流石に男子更衣室には入れることはできないが、その前で待っていてもらうことにしよう。彼としては、自分の恋人としてもっと自信を持って、堂々としていて欲しいのだが。周りの人を思いやっているといえばそれも分かるとしても。

「更衣室の前で待っていろ。裏口から帰ろう、それでいいか?」
「・・・ええ!」
「もっと堂々としてくれた方がオレは嬉しいぜ。」
「心ではわたしだけのものなんだって思ってますよ。」
「・・・それを口に出して言ってくれ。」

 そんな自信のなさそうなセオも思っていることは剛胆だ。その主張を自分の体裁など考えずに発揮できればいいんだが、と、彼は思う。

「せめて街に出たら周りなんか気にするな、スキャンダルもファンの目も見るな。いいな?セオ、君はオレの恋人だ。」
「・・・もちろんです!大好きです、ディエゴさん!」

 2人でいればこんなに積極的なのに、と、嬉しいような勿体無いような。街に出たら恥ずかしがられても無理矢理腕を組んで歩いてやろう、ディエゴはにやと笑うと、セオと一旦別れて出かける準備に向かった。





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