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その愛は受け入れ難し


「セオ、手を、そのハンバーガーを持った手を、食べてもいいか。」

 セオは硬直した。
 肉食獣だからなのか、ディエゴには普通の人間からはかけ離れた性癖を持っている。他人と比べたことは無いが、ずば抜けて変わっていると思う。
 彼は噛み癖がひどい。爪や指を、自分のものを噛むのなら分かる、幼い子がやる癖だが予想の範囲外では無い。しかしディエゴは、セオを、噛むのである。それは指だったり、肩だったり、腕だったり。セオの身体でディエゴに触れたところを、彼は噛みたがるのだ。

「こ、ここで?それはちょっと嫌です・・・。」

 ベンチに並んで座ってハンバーガーを頬張っていたところ、それを持っていた右手がディエゴの左の二の腕に当たったのだ。それが引き金でしたというように、彼はセオの手を見て視線を離さなくなった。乗馬用の革手袋をはめている何の色気もない手のどこがいいのだろうか。セオはそう思ったが、いつものことである。
 2人きりのレース中、広い広い大地でなら良いのだが、人の多い公園で噛ませるのには抵抗がある。抵抗する。ディエゴは自分が持っていたハンバーガーを急いで食べ、口元についたケチャップをペロと舌で舐めとった。そんなやらしい口元は、セオの手をいただきますしたいと言っている。

「なあセオ、好きだ、だから、な。」
「好きを理由にされても、こ、こんな、人の多いところで・・・。」

 セオが恥じらって俯いたのがディエゴの心に響いたのか、彼はごくと大きく唾を飲んだ。その音はセオにもよく聞こえていた。よほど興奮しているらしい。冷静を装っているように見せていても、目がしっかり開かれているのは、この先に期待をしている証拠だ。

「人のいない場所ならいいのか?」
「・・・それはそれで危険なので嫌です。」
「危険?なにが危険だって言うんだ?」
「ディエゴさんのその興奮した目ですよッ!」

 フンとそっぽを向くセオ。しかしディエゴに見えている頬も耳も赤く染まっている、バレバレだ。だからディエゴはそんな耳をつまみながら、もう片方の手でセオのハンバーガーを奪った。そしてもぐもぐと残りを食べてしまう。セオは奪われたのと同時に手を伸ばして奪い返そうとしたのだが、半分だけ恐竜化して口が大きくなったディエゴには間に合わなかった。
 ぐぬぬ、と、食べ物の恨みを孕んで睨むセオの目も、今のディエゴには良い添えものの野菜でしかない。

「ほら、その手を貸してくれよ。」

 ディエゴは革手袋をはめたままのセオの右手を両手で掴み、ぐいと口元に近づける。スンと鼻を鳴らすと、わずかについたケチャップの匂いが伝わる。手袋の上でもお構いなし、彼はそのままセオの手に噛み付いた。ガブッと勢い良く、しかし痛みを感じさせないように優しい甘噛み。
 セオは、ヒッ、と短い悲鳴をあげた。手を引っ込めようとするが、噛み方が優しい割に腕の力の強いディエゴには勝てない。気持ちが悪いわけではないが良い気分でもないその行為を、彼女は甘んじて受け入れ続けようとしない。ディエゴの手の甲を抓る、しかし全く効果はなかった。やめてやめてと暴れるも無効。脚を蹴ってみても痛がる様子はない。それくらいこんな革手袋に集中しているのか。

「やめてって!汚いですよこんな手袋!」

 馬の身体を触り、たくさんの人が触るような所も触り、地面や草木もそれで掴んでいる革手袋。綺麗なはずがない。自分が嫌だと言うのもそうだが、ディエゴがそんなものを咥えるのが心配でもある。
 こうなったら手だけでも抜こうと、手袋から指を滑り出させようとするが、腕の方をぎゅうと握られているので叶わない。

「汚いはずがあるか!君の使っている手袋なんだ。」
「そっ、その発言、恐いです!」
「もっと味わいたい!」
「い、い、嫌ですって!」
「これがオレの愛だって伝わっているだろう?」
「つた、伝わっていても!」

 そんな恍惚とした眼差しを向けられても困る。ディエゴの噛み癖も、これが愛情を持ってしているということも、人前だからと言って躊躇わないことも、どれも分かっている。分かってはいるがセオは羞恥心に苛まれるのだ。そしてこうして抵抗するのもディエゴにとっては嬉しい行為だというのも分かっている。

「もうっ、も、宿についたら好きなだけ噛ませてあげますから!せめて外は!」
「・・・言ったな?」
「・・・ウ!」
「確かに聞いたぜ、取り消しはさせないからな!ああ、否定はさせない。行くぞ、宿を取りに行く!」
「うあああ・・・。」

 言ってしまったが後の祭り。ディエゴはセオの手を解放はしたが、今度は彼女の二の腕を掴んだ。さあ、どこの宿にするか、と言う彼の声色は明るい。ラームの手綱も取られてしまったので逃げられない。今日はこの肉食獣が憎かった。せめて明日の走りに支障が出ません様に。セオは諦めて自分からディエゴに合わせて歩いた。この愛は受け入れ難い。






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