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荒波のボヤージュ


 祝賀会を終えた次の日。二日酔いもなくすっきりした気分のセオは、この北米大陸に別れを告げ、生まれ故郷であるイギリスに帰るべくフェリーに乗っていた。同じ船にはヨーロッパへ帰る他の選手と馬も乗っている。ディエゴもいる、ジョニィとジャイロも乗っていたはずだ。

 イギリスに帰る船の中。冬の冷たい空気は、陸にいるよりも海上ではずっと冷たく感じる。セオは水平線を見詰め、そして甲板に目を戻した。・・・冷たい空気は気温だけでは、無かった。

「・・・ブランドー選手、お久しぶりです。いつもお世話になってます・・・娘ともども。」

 ブリュメール・フロレアールの纏う空気が冷たい、ディエゴに向ける視線が冷たい。何故だ、いつもはブランドー選手は良い人だと嬉々として取材をしているのに。何故と理由を考えなくてもセオには分かる、他でもない、セオとディエゴの関係に良い気分ではないからだ。それしかない。
 ブリュメールと向かい合うディエゴは珍しくおとなしく、いつものような強気な表情ではなかった。普段は新聞記者として丁寧なブリュメールがこうなっているのにはかなり驚いているはずだ。

「こちらこそ・・・セオさんには助けてもらい・・・こうして無事に・・・。」
「でしょうね。」

 ディエゴはちらとセオの方に視線をやる。セオはそれに気付いたが、苦笑いしか出来なかった。それでも彼がかわいそうだと思い、父親の方に近づく。

「あ、あの、お父さん。ディエゴさん吃驚してますし、その殺気しまいませんか。」
「いいや。私はブランドー選手から訊かなければいけないことが沢山ある。それも私が話しかける前に、彼の方から言わなければいけなかった事だ!」
「じゃあ話を聞いてください!」
「とにかく、だ!」

 ブリュメールはディエゴを睨みつける。仕事関係の相手だとしても、娘を巡ってはそんなこと関係ない。取引相手に見せてはいけないような、怒りのこもった目をしている。
 しかしディエゴもずっと黙っているわけではない。ぐっと唇を固く結び、意を決してブリュメールを睨みかえす。

「貴方になんと言われようと、オレはセオと結婚する!セオは今までにもこれからも存在しない唯一無二のオレの愛する女性なんだッ!」

 そしてこの大胆な告白。ブリュメールの傍にいたセオの腕を取り、あっという間に彼女を両腕の中に収めた。セオはふんわりと赤面する。未だ抱きしめられることには慣れないのだが、父親の前でもこうして強気でいてくれるディエゴには正直に嬉しかった。笑ってディエゴを見上げると、彼も微笑んでくれる。もちろんブリュメールの表情は厳しいままだ。

「・・・セオは大学院に通うんだ、2年間。その間研究に没頭して君と自由に会えないこともあるだろう。いいのか?その間にその熱が冷めてしまうかも知れない。」
「熱に浮かされているのではない!オレにはもうセオしかいないッ。」
「・・・まずはセオを離してくれないか。」
「いいや、離さないね。実の父親だろうとオレとセオを引き離す者に容赦はしない。」
「ふん。」

 諦めたというようにブリュメールは鼻でため息をつく。なんだかんだと文句をつけようとも、彼はセオの行き遅れを心配していた。そんなところに娘を欲しい人が現れた、しかもこうして自分が良い人だと認めている男の元に嫁ぐのだから重畳だ。頭ではそう理解しているのだが、心の問題がある。この手で大事に大事に育ててきた一人娘が自分の元を離れる日がくるなど、分かってはいてもむかむかと良くない気持ちがせり上がってくる。しかしきちんと理性で考えなくてはならない、ブリュメールは一旦肩の力を抜いた。

「結婚は早くともセオの院卒業後だ、それまで一緒に暮らすことも許さない。2年間は今まで通り私と家で暮らす。いいか、百歩譲って君との交際は許すが結婚は別だ。」

 今はとにかくそれだけ。口には出したくなかったがセオとディエゴの交際は認める。ブリュメールは、いいな?と釘を刺すと、さっさと船室に戻っていった。
 残されたディエゴは、ブリュメールの背中を見つめながら、どっと心の奥から幸福感が押し寄せるのを感じて、より力を込めてセオを抱きしめる。表情は不服そうだったが、ブリュメールが自分を認めてくれた。認めてくれずとも奪い去ることは覚悟していたが、これで一安心だ。

「よかったです!ディエゴさん!!」

 セオは背伸びをしてディエゴの頬にキスをする。普段優しい父親があんなに恐い顔をしたのは見たことがなかったのでかなり心配したが、ああ言ってくれたと言う事はもう完全に認めてくれたのに変わりない。ディエゴと父のバトルにはヒヤヒヤしたが、ディエゴがあそこまではっきりと自分を大切に思ってくれているのだと分かって感動した。

「・・・ひとまず安心、か?オレは君以外の誰にも目移りはしないし、大学院での研究が終わるまで・・・いや、いつまでも待つ。今すぐにでもずっと一緒にいられるようにしたいが・・・まだ我慢だな。」
「少し照れます、わたしのことをあんな風に言ってくれるなんて・・・。で、でも、わたしだってディエゴさん、わたしにはあなた1人だけですからね・・・!」
「嬉しいことを言ってくれるじゃあないか。・・・にしてもブリュメールさんの目があるのには不満だな、自由に会うこともできそうにない。」
「時間を作ってできるだけたくさん会いましょう、父がなんと言おうとも、ディエゴさんに会えないのにはわたしも耐えられない、ので。」
「ああ・・・本当に君って人は・・・。」

 船旅は海の穏やかさに乗って順調だが、陸に着いてからは多難そうだ。ディエゴは今後のセオとのことを考えて、幸せながらもすこし重いため息をついた。






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