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『打ち破られたアトロポス』
祝賀会会場、ホテルのバルコンである。
お酒がまわって幸せそうに顔を赤くしているセオは、丸テーブルに突っ伏せていた。そんな彼女の為に、とディエゴは水を持ってきた。ほら、と声をかけたかったが、セオはいつの間にか寝ていたらしく、すやすやと寝息を立てている。こんな夜風の吹くところでは風邪をひいてしまいそうだが、だからといって起こすのも悪い。ディエゴはテールコートを脱いでセオの背中にそっとかけた。
「……んん、ディオ君……。」
「なんだい。」
そっと呟かれる寝言。眠るその姿も愛しい。夢の中にも自分が出てきているのか、と、ディエゴは柄にも無く照れていた。
しかし、ふと考える、彼女が自分の事を『Dio』と愛称で、しかも『くん』付けで呼んだことがあっただろうか。いつも丁寧にディエゴ、と、そこに敬語に見合った敬称をつけてくれている。思い返してみたが一度もなかった。それなのにごく自然と流れ出た言葉、一度違和感は覚えたが、それはさっと消えた。ディオ、と、そう呼ばれただけで、心が幸福で満たされていく。なんとも言えない安心感もあった。
セオはまだ起きないだろうから、やはりそっとしておいてやろう。ディエゴは雲ひとつない空を見上げた。ホテルを取り囲む庭園が背の高いビルを遠くへ押しやっているお蔭で、まんまるい満月と星がよく見えた。
そういえばあの夜もこんなふうに月が綺麗だったか。と、ディエゴは過去の体験を『思い出し』、懐かしさにふけながら目を閉じる。
(To Be Continued...?)