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16.最悪のもの


 がたんがたん、と、一定のリズムで車体を揺らす列車。柔らかいソファの上に寝かせられていたセオは、ゆっくりと意識を取り戻す。開いた目はすぐに大統領を捉えた。彼は1人用のソファに腰掛け、こっちを見ている。

「……気がついたか、セオ・フロレアール。」
「ヴァレンタイン・・・大統領。」
「無理矢理連れてきて悪かったな。」
「ディエゴさんは?」
「知らん。」

 上体を起こし、ソファに腰掛ける。自分の体をぺたぺたと触るが、怪我は増えていなかった。ただ、右腕の『pessimum』の文字だけは残っている。それを見て気を失う直前の事を思い出した。悪夢のような風景、熱くなった遺体の眼球、そして右腕を焼く光。さあと血の気が引き、セオの顔色が悪くなる。

「大丈夫か?」

 大統領はセオを気遣い、コップに水を注いでテーブルの上に乗せた。喉が渇いたセオはそれに手を伸ばしたが、なにかまずい物が入っているかもと訝り、その手を離した。

「なぜわたしを……ここに、列車に……?」
「その腕の文字、『最悪のもの』の意味を確かめるためだ。どういう意味だ?」
「知りません。」

 本当に知らないから、そうとしか答えられない。大統領は疑わず、それもそうかとつぶやいた。彼はセオの腕をつかみ、文字をにらむ。何に対して最悪なのか、遺体に対してか、それとも遺体を所有する大統領自身にか。どちらにしても、『最悪』なんていうものはこの世から失くしておかなければならない。『最悪のもの』、その意味を確認しようと思ったが、それはやめることにする。最悪なんてものが消えれば、それこそ関係なく終わってしまうだろうから。

「今のうちに始末しておくか。」
「……ッあ。」

 大統領はナイフを構えた。こんなただの女一人ならば、手に掛けるのも難しくない。セオは手を顔の前に出し、防御の姿勢を取った。

「悪く思わないでくれ、セオ・フロレアール。この国の繁栄のためだ、ただそれだけを願っているんだ。」

 ガシャン!刹那、後方でドアの乞われる音、そして飛び出した人影――ディエゴだ。ディエゴは大統領に狙いを定め、手袋の下でもよく分かるほどとがった爪を彼に突き立てた。ぐさりと一発、指が大統領の顔を裂いた。そこからドクドクと血があふれだす。

「『えぐり出す』、おまえを壁や何かにたたきつけたり、拳と拳ではさみ込んだり、そういうのは、もう、しない。学習したからな……はさんだりしない。」

 ディエゴの追撃を避けて、大統領はドアと壁の間に『挟まりに』行った。しかしそこにはホット・パンツが待ち構えており、彼女がそれを阻止する。すると大統領は身を翻し、ソファと壁の間に滑り込もうとした。

「ソファのうしろへ行くッ!はさまらせるなッ!」
「セオ!ソファを引け!」
「はいッ!!」

 セオはソファに向かって糸を放つ。ソファは大統領が滑り込む前にセオの方へ寄った。ディエゴは大統領に飛びかかる、そのまま喉を切り裂こうとするが、大統領は彼と床の間に挟まろうと腕を伸ばした。ディエゴはやむなくその腕を引き裂いた。そして逃げる大統領に追撃、喉を切り裂く。

「ブッ殺してやるッ!!」

 最後の一撃をくらわせる。しかし、衝撃でテーブルから水差しが落ち、水がこぼれる。その水と床に挟まれて、大統領が消えた。

「消えた……?」
「いやッ……!致命傷だった!間違いない!!」
「だめだ!あいつはすでに生きているッ!『隣りの世界』へ行った!ヤツを殺れるのは『即死』だけだ!」

 3人は周囲を警戒する。大統領はどこの隙間から現れるか分からない。荒れた呼吸の音と、電車の走る音だけがする。きょろきょろとくまなく周りを見ていたが、大統領は前触れなく現れた。ホット・パンツのすぐ横の引き出しだった。引き出しに押されて尻もちをついた彼女と壁の間からも1人出てきた。3人だ、3人の大統領が帰ってきた。

「『Dirty Deeps Done Dirt Cheep』……いともたやすく行われるえげつない行為。」

 ディエゴはひるまない。3人に向かって飛びかかった。大統領は避ける、っしてディエゴを狙う。3人が彼に向って手を挙げた時、ディエゴは叫んだ。

「ホット・パンツ!このためにここまでおまえを連れて来たッ!行くぞオオーッ!」

 ホット・パンツの肉スプレーがディエゴを包む。そこに3人の大統領が突っ込んで倒れた。――大統領が4人になっている。

「4人だ、このうちのひとりがDio。『D4C』の能力の弱点!大統領自身も今!お互いどれがDioかわかっていないッ!」

 ディエゴの推測通り、大統領達は誰がディエゴであるか分かっていなかった。本物の3人の動きが止まる。その躊躇いの瞬間、ディエゴが2人の大統領の首を裂き、即死させた。1人残った大統領は再び隙間を見つけて滑り込もうとする、しかしそうはさせない、ディエゴは背中を見せたその肩を切り裂いた。バランスを崩した大統領とディエゴは窓を突き破り、列車の外へ落ちる。セオはそのあとを追って窓から飛んだ。






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