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12.宿る覚悟
観客の前であんなことをされたものだから、報道関係者は黙っていなかった。セオとディエゴは2人を囲む人々をかいくぐり、街の外れまで逃げた。大会の喧騒を遠くに感じ、セオはやっと我にかえる。
「なにをしてくれたんですか……!」
「嫌だったか?」
「そ、そういうわけ、では。」
「オレ、大分参っているみたいなんだ。」
弱々しく笑うディエゴに、セオはなんとなく申し訳ない気持ちになる。母性をくすぐられた感覚も覚えた。
「辛いなら言ってください、助けになります。」
「無理やり巻き込んだと言うのに、どうしてそう言ってくれるんだ?」
「自分でも理解できない感覚です。」
多分、好きになったんだと思う。旅に協力してくれるならという利害関係から付き合いを始めたが、今は献身する気持ちに近い。時々見せてくれる優しさや、慈悲のない凶暴さや、狙ったものを逃がそうとしない必死さに惹かれているんだと思う。
「好きだぜ、セオ。」
「……はい。」
だからこういったディエゴの言動には惑わされる。本気なのか、からかっているのか、彼は積極的にセオの心身に近づいてくる、それが彼女をかき乱すのだ。
ディエゴは大統領と取引をすると言った。ジョニィとジャイロに復讐をし、取り上げた遺体を大統領に売りつけるのだという。なんとも大胆な行為であろうか。
「君は戦闘には向かないから、他に誰かスタンド使いを利用したい。掛け合ってくるつもりだ。」
「戦闘には向かない……。」
「ああ、援護には向くが直接攻撃をしかけるタイプではないな。」
「そうですね。」
「これから大統領を呼びだして話をつける。君は宿を取って待っていてくれ。」
「ついていかなくて良いですか?」
「命を狙われることになる、顔を覚えられない方が良い。」
あれほど目立つことをしたのだから、既に普通の知り合い以上の関係があると思われていてもおかしくないのだろうが。もう腹を括ってついて行こうと思ったのだが、君のためだと言われると押し留まってしまう。ディエゴはセオに荷物を渡し、またあとでと言い残して彼女の背を押した。
カンザスシティでも評判の良い宿で部屋を押さえられた。もちろんシングルを2つだ。やっと羽根を伸ばせる、のだが、ディエゴのことが引っかかる。
宿の窓からはさっきまで居た路地裏が見える。ガラスの戸を空けて、じっと道の方を見た。ディエゴと大統領の部下らしい男が対話しているのが見える。と、そこに、隠れていた男が1人姿を現す。――サンドマンだ。なぜ彼がここに居るのか。彼とディエゴは一悶着起こしていたようだが、しばらくすると2人揃って路地を後にしていた。
セオは、とった宿屋の前で待ち合わせようと言われていたのを思い出し、あわてて宿屋を飛び出した。丁度良く道の向こうからディエゴが1人で戻ってきた。サンドマンとはどこかで別れたようだ。
「ディエゴさん。」
「話はつけてきた。」
覚悟をした瞳をしている。冷静に見えるが、殺人的な狂気の宿った眼だ。
「……セオ、オレはあの2人を殺す気でいる。それくらいの覚悟だ。」
「わたしは・・・、」
「道徳的でないのは知っている、しかしそういうのは問題じゃあないんだ。」
地位や名誉や金や、彼には他の何を利用してでも手に入れたい物がある。たしかに太陽に顔を向けていられない後ろめたさはある、しかしセオは決めていた、ディエゴのやることについて行って助けになりたい。それは口に出すことができなかったので、ただうなずくだけにした。