trance | ナノ



Blooming Feeling ... 36.5度の同じ血が流れていた



「栄者の宝石」は、結局、誰の手にも届かないであろう深い海の底に沈んでしまった。

 それは大統領が探していたダイヤモンド。手に入れた人に栄光を与え、周りを不幸にする、呪われた宝石だ。大統領はそれをスティールボールランレースを利用して探し、発見し、ゴール地点にあるトリニティ教会で保管する算段だった。
 しかしダイヤモンド奪取のために、大統領によってスティーブン・スティールを人質に取られたルーシー・スティールは、そのダイヤモンドをブルックリンブリッジからイーストリバーに投げ入れたのだった。その日は大荒れの天気。レース最終日の終局面にして、タイフーンが近づいていた恐るべき天気で、イーストリバーは濁流だった。……投げ入れられたダイヤモンドの行方は誰も知らない。大統領は文字通りどこかに「消え去り」、ダイヤモンドを追っていた他の選手たちは手負いで、川底から海へと向かうであろうダイヤモンドを追いかけるものなどいなかった。

 レースもダイヤモンドもいい思い出になった。と、全てが終わってから、スティーブン・スティール氏や、ジョニィ・ジョースター、ジャイロ・ツェペリ、そのほかダイヤモンドの騒動に関わっていた人々はそれぞれ思っていた。……ただ1人、何も納得できない人もいるにはいたが。




 快晴の秋空の下、ロンドン市内では大きな競馬大会が開かれた。
 このレースはSBRレース参加者も大勢出場しているため、今年は国内だけではなく国外からも観客が集まって、近年稀に見る賑わいを見せた。レースの優勝は、SBRレースのラストステージで1位だったジョニィ・ジョースター。準優勝はSBRレース総合優勝のディエゴ・ブランドー、3位はSBRレースラストステージ第2位のジャイロ・ツェペリであった。SBRレース出場者が軒並み上位をかっさらっていて、大会は大盛り上がりだった。

「お疲れさまぁ、今日も大活躍だったね。」
「見に来てくれたんだ、いつもありがとう。」

 大会会場の厩舎、である。
 本日優勝のジョニィ・ジョースターは大勢の記者からやっと解放されて、愛馬の元にやって来たところだった。広い厩舎には他の出場選手の他に、彼を待っていた先客がいて、その人……女性、名前をセオ・フロレアールという人物は、ジョニィがやって来たのを見つけると、スローダンサーの前から立ち上がった。

「もちろんだよ、賭けもジョニィにしたし。」

 大儲けだった、というように、セオは指で金貨の形を模して丸を作る。ジョニィは呆れて笑った。

「まあ出場者のジョニィには程遠い額だけどね。」
「サンキュー。」

 ジョニィはスローダンサーの額を撫で、バケツに水を汲んで馬水桶に水を足す。セオはその様子をニコニコで眺めた。

「脚の調子は?」
「全然問題なし。もう半年経つし、元どおりだね。」
「重畳だよ。」
「だろ。夕飯一緒に行くか?」
「行く行く、そのつもりで待ってた。」
「じゃーもうちょっと待ってて。」

 干し草を足し、ブラッシングをし。ジョニィは精一杯スローダンサーにお礼をしている。SBRレースを乗り越えても、この馬はまだ現役だ。年齢的にはもう引退を考えてもいい頃だろうに。

「……そういえば、レース終わった後にセオのこと聞いて来た奴がいたよ。『あの女は誰だ?』って。」
「誰?」
「君、可愛いからジョッキーから結構人気なんだぜ。誰だと思う?」
「いやー可愛いかぁ、それはとても良いですねえ。誰だろう、ジャイロさんはこの間挨拶したしなぁ。」
「Dioだよ、ディエゴ・ブランドー。」
「え。」

 セオはピタリと固まった。Dioの時点で背筋が固まって、フルネームを述べられてからは全身が固まった。ディエゴ・ブランドーはこの大会で準優勝をした、貴公子、なんて言われている色男だ。もちろんセオだってその名前を知らないわけはない。

「おや?なんかワケあり?」
「や……Dioがどうしたってわたしなんか平凡な女のことを。」
「可愛いからナンパしようとでも思ったんじゃないの?」
「そうかな……。」
「おい、なんか様子がおかしいぜ?もしかしてもう何かあったのか?」
「……なにもないと思うんだけど……。」

 そんな話をしていると、にわかに厩舎がざわついた。なにかあったのかな、と思って、セオは周りを見回した。ジョッキーやこの会場の係員たちは、一様に一方向を見ている。セオも一緒になって、何があるのかな、と、そっちの方向を見た。
 そして固まった。

「お、来たじゃん。」

 ディエゴ・ブランドーだ。SBRレース総合優勝者、時の人である。そんな彼は真っ直ぐ、セオを見ている。セオはバッチリ目があってしまい、慌ててそらしてジョニィの方に助けを求めるつもりで目を向けた。ジョニィはニタニタしていた。

「おい。」

 不機嫌な声をかけられてしまい、セオは慌ててジョニィの後ろに隠れた。ディエゴはそれが気にくわないらしく、眉間にグッとしわを寄せて、ツカツカとセオに寄った。板間の軋む音と床に散らばった干し草が踏まれる音が近づいて来て、セオはどんどん小さくなる。

「なんで隠れるんだ、よくもこのオレの野望を打ち砕いてくれたな。」

 冒頭の話に戻る。「レースもダイヤモンドもいい思い出になった」と、そう思えなかったただ1人、というのは、正にこのディエゴ・ブランドーのことである。

「え、え、なんのことですか。」

 突然妙な因縁をつけられたセオは、ビビリながらもジョニィの後ろから顔を出して返事をする。目の前のディエゴが何の事を言っているのか、セオにはさっぱり見当がつかなかった。

「ここのお前に言っても分からないだろうけど文句は言わせてくれ、オレが全て勝ち取る寸前だったのに!レースと宝石ばかりではなくな!」
「ここのお前、って、もしかして、ディエゴさん、わたしのこと分かるんですか!?」

 見当がつかなかったが、もしかしたらという希望が生まれた。セオはジョニィの後ろから飛び出すと、ずいとディエゴに歩み寄り、鼻先10cmのところで止まった。今度はディエゴがびっくりしている。
 ……御察しの通り、このセオ・フロレアールが思っている「ここのお前」から察したことというのは、所謂「前世」関係の内容で。遺体とディエゴを追ってハッピーエンドを掴み取った基本世界のセオと同じように、ここのセオも当然「前世」のことはしっかり覚えているのである。

「ああ、分かるともさ。あっちで少しばかりだが世話になったな。」
「嬉しい!ディオ!わたしのこと分かるんだね!!ああっ、こんなことなら早くディオを尋ねればよかった!!」
「なんだ、お前もオレのことがわかるのか?大統領にあっちの世界に飛ばされたのか?」
「大統領?あっち?」

 おや?と、セオは再び不安になった。自分のわかる前世とは違う。ディエゴの指しているものはまた別の何かなのだろうか。

「……いや、やっぱりわからないです……。」
「絶対に何か隠してるだろ!?昔とか、前とか……。それにお前、オレのことが好きなんだろ?」

 周囲がざわめいた。老婆との結婚以後なにも浮いた話のない天才ジョッキーの発言に、どういうことだと好奇に目が向いた。

「や……いや……ええと……。」

 なんで知ってるんだ、とセオは呟く。

「ど、どういうことか話が見えません。ブランドー選手はいつの何の事をおっしゃってるんですか……?」
「なんで話が噛み合ってないんだ。……大統領のスタンド能力の話だろ。並行世界のお前に言われたんだ、こっちのお前にもよろしくって。お前はオレのことが好きだったって。」
「さっぱり……話がわかりません……。」
「とりあえず外に行くぞ。」

 厩舎の中の人はみんなこっちを見ていて、話の内容を盗む必要はないと言った風に堂々と立ち聞きしている。ディエゴは顎でグイと外を指し、指した方向に出て行った。セオは慌てて追いかけて厩舎を出て、ディエゴが止まった生垣のそばで同じく足を止めた。ディエゴは変わらずムスッと怒った顔をしている。

「大統領は並行世界を行き来するスタンドを有している。」
「ブランドー選手……スタンドをご存知なんですね。」

 セオの顔色は少しだけ青くなった。レース中や日常見かけるディエゴからはスタンドの気配がしなかったので、彼女自身安心していたところがあった。今回のディエゴにスタンド能力が備わっていないなら良かったのに。

「ああ。」

 ディエゴの背景に、黄色い影が現れた。

「……ザ・ワールド……。」
「お前も知っているんだな。それも『昔』オレに聞いたのか?教えてもらえるくらい仲が良かったからか?」
「それは並行世界のわたしに聞いたの?」
「ああ。……はぁ、話が逸れたな。それで、オレはSBRレース中に大統領に並行世界へ連れて行かれ、向こうで向こうのお前に会ったんだ。しかもオレが狙っていたお宝はお前の所為で手に入れられなかった。」
「それはどうも、向こうのわたしがごめんなさい……。」

 つまり前世の自分のように、いろんな世界にいろんなわたしがいるんだな、と、セオは納得することにした。スタンド能力の所為だと行ってしまえばなんでも有り得るし。

「で、オレはお前に会ったことがあるのか?」
「……なにかを覚えているの?」
「それ、あっちのお前にも訊かれたな。」
「その時はなんて答えたんですか?」
「お前を見ていると、心がざわつく。」
「今も?」
「ああ。」

 セオはその返答に大層喜び、それを隠すように口をぎゅっと結んだ。しかし口の端が上がってしまうのは我慢できず、にまにましてしまう。ディエゴは不審なものを見るような目で見てきた。

「なんだ気持ち悪い。」
「酷いです。」
「酷いって言ったら、お前の方が酷いだろう。あっちのセオはオレを追いかけてSBRレースに参加していたんだぜ?」
「あー……。」

 そういうパターンもあったのか、と、セオは自分の今までをちょっと悔いた。セオは、今回はあまりディオに干渉すべきではないと判断していたのだ。自分が近づくことでまたディオを傷つけてはいけない、と。SBRレースに参加することも考えた。必死に乗馬を覚えて、参加費を払うことだってディオのためならばなにも辛くない。しかしこのセオは全てを諦めた。その時点でも世界は2つに分岐したのかもしれない。
 SBRレースが始まる前からジョニィ・ジョースターと知り合っていたから、という理由もあった。セオを介してジョニィとディエゴが出遭ったら、またなにかが始まってしまうという危惧があった。

「わたしがレースに参加しなかったのは、ディオ……ブランドー選手が嫌いだからではありません、それだけは誤解しないでください。……近づいちゃあいけないと思っていただけで……。」
「オレのことが好きなんだろ?」
「そうはっきり訊かれるととても照れるのですが、そうですね……大好きです。」
「ならいいな、オレも君のこと気に入ったぜ。このあと食事でもどうだ?」
「え、え!いいんですかディオ!わ、わたしと知り合っても!」
「意味のわからない質問をするな、そうと決まったら行くぞ。準備しておけ。」
「はいっ!!」

 別世界の自分なるものが自分よりも先にこのディエゴに出会ったことであるとか、ディエゴの言っていることの半分くらい理解しきっていないところがあるとか、釈然としない部分はたくさんある。しかしこのセオにとってもディオと一緒にいられることが一番重要なのは変わらない。ジョニィとの約束をすっかり忘れたセオは元気良く返事をして、またデレデレと締まりのない笑顔をディエゴに向けた。





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