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Blooming Feeling … 17


 機関車の最後尾に追いついた。セオはラームの手綱を思い切り引き、彼にジャンプをさせた。ラームは鉄柵を超えて最後尾の乗降デッキに飛び乗った。客車の中には誰も居ない。セオは前へ前へと扉を開けて進む。

 決戦が繰り広げられて居たのは先頭車両。そこは1人用のVIPルームだった。もしかしたらこの車両は大統領の専用車なのかもしれない。木製のソファやテーブルがズタズタに切り裂かれていて、いたるところに真新しいが赤黒い血が染み付いている。カーテンは引き裂かれ、ドアは取っ払われている。ディエゴが徹底的に「挟まるもの」を排除したらしい。

「……ディエゴ!」
「追いついたか。」

 ディエゴも赤黒い血まみれだった。それが彼のものか、もしくは車内でうずくまっている大統領のものかはまだ判断がつかない。大統領はゼイゼイと苦しそうに息をしていた。喉を掻き切られているらしく、両手で喉仏のあたりを押さえている。

「お……おまえ……は……セオ……フロレアール……。」
「はい。」

 大統領の気はセオの方に向いた。セオはアトロポスを出現させて背中に構え、身を低く構える。

「おまえ……何者だ……?いくつ……世界を……渡り歩いても……どこにも……お前は……いなかった……。」
「わたしがいない?」
「『遺体』のある……この世界にしか……お前がいない……。」
「……もしいくつもある並行世界に、わたしがわたし1人しかいないとして……それで困る人がいる?それよりももっと重要なことがある……あなたがディエゴの邪魔をすることの方が、ずっと重要なんだよねぇ……。」

 セオはアトロポスを従えて、一歩一歩、丁寧に大統領に近づいた。大統領はその場から動けない。セオをまっすぐ捉えながら、しきりに視線を彷徨わせ、どこか退避できる場所がないか探している。

「セオ!殺せ!お前が殺るんだ!」
「うん!」

 叫んだディエゴの声が想像以上にかすれていて、セオの背中は一気に冷や汗で冷たくなった。
 セオは大統領に飛びかかる。挟んではいけない、掴んでもいけない。しかしアトロポスの能力を発揮するためには、大統領に触れ、そのどちらかを行わなければいけない。自分の手で掴んではいけないならば、アトロポス自身が大統領のスタンドを掴んではどうか。一度も試したことはないが、ここで一発勝負に出る価値はある。きっとここでは全てが上手くいく。アトロポスが大統領の背後に立つスタンドの首を掴んだ。本体の弱体化によってスタンドも動きが鈍くなっていた。

「終わって、なるものか……!!」

 大統領は最後の力を振り絞り、スタンドの右手にグッと力を込めた。そしてアトロポスのこめかみをガツンと殴った。

「う"あっ"!」

 セオはスタンドごと吹っ飛び、客車の壁に背中を打ち付けた。大統領から手は離れてしまったが、今回は逃げられていない。お蔭で大統領は見た目80歳ほどまでに老け込んだままだ。傷の蓄積に加え、骨の脆くなった大統領は、とうとう動く力をなくした。

「セオ!!」

 ディエゴが飛び出す。セオはそれを見て気づいた、ディエゴに付着した血痕は全て彼自身のものだ。太ももが裂かれている、鋭利な刃物で横一文字に深いものを食らったようだ。

「ブッ殺してやるッ!!」

 彼の鋭い爪が大統領の喉を抉った。元からあった傷口を広げるように、ディエゴの手が横に滑る。大統領から血が吹き出した。彼はもうここでおしまいだ、致命傷に間違いない。挟まれる場所も、逃げられる場所もない。

「……アトロポス!」

 二度目のアトロポスによる攻撃。アトロポスは今度は大統領本体の額を掴んだ。もう魂の抜けかけている体躯が老化を加速させた。髪は白くなり、やせ細って抜け落ちる。歯茎や目の下の肉が衰えて顔が垂れる……老化はそこでストップした。アトロポスがとどめをさす前に、大統領は失血死をしたのだ。
 セオは客室の壁に寄りかかってへたり込み、ディエゴは床に仰向けになった。2人の荒い息と、機関車が走る音がうるさい。

「……ハァーッ……ハァーッ……やった……のか……。」
「やったよ、ディエゴ。あなたの勝ちだ……。」

 アトロポスが食らったこめかみの一発が自分にも反映されて頭が痛む。セオはこめかみを押さえながらディエゴに近づき、血が流れている彼の太ももを押さえた。包帯類はラームのカバンに入っているから、取りに最後尾まで行かなければ。

「待ってて、今、その傷、おさえるから。」
「ああ……。……そうだ、遺体をこっちへよこせ、ソファの上のルーシー・スティールが遺体と同化している。」
「わかった。」

 ぐちゃぐちゃになった家具たちの中にあるソファに近づく。毛布がかかっているようで、多分その下にルーシーがいるのだと思う……いや、思っただけだった。ソファの上には誰もいなくて、ただ薄っぺらい毛布が引っかかっているだけ。

「……ルーシーはいない。」
「なんだって?」

 ぞわぞわと身の毛がよだった。遺体を持ち出した誰かがいる。それは大統領なのだろうか、もしくは、機関車内にいた別の者か。ディエゴの目は見開かれていて、まだ終わっていなかった勝負の続きを突きつけられて、眉と眉をぎゅうと寄せていた。
 窓ガラスはどこもかしこも粉々に割れているし、ドアは大統領対策のために外されている。どこからでも出入りできるかもしれないがここは走行中の機関車。それに、戦闘中であっても遺体に近づく者がいれば大統領かディエゴが必ず気付いただろう。

「いったい誰が?」
「……『オレ』だ。」
「ディエゴが?」


 誰が、という問いに、思ったより返事が来た。どういうわけかディエゴは犯人を自分だと言う。犯人が自分というのは可笑しいだろう、と、流石のセオも冗談を言わないでくれと言いたかった。しかしセオは口を開く前に気づいた、ディエゴが自分の所為だと言った理由は、さっきセオも相手にしたから分かる。

「もしかして、別の世界のディエゴが?」
「見ろ、この床。車内なのに馬の蹄の跡だ……しかもこれは、ついさっきまで少し濡れた土の上を走っていたらしい。お蔭で馬蹄の形が一目でわかる。……これは、シルバー・バレットの脚だ。」

 震えるディエゴの指が指す床を見る。確かにそこには、泥を踏んだ馬の脚跡があった。それは床をまっすぐ進み、ドアから外に出て行っている。いつの間にそんなことがあったのだろう。馬の足跡にかすれた後などはないから、戦闘が終わった後にできたものだと思うのだが。1秒でもここにディエゴが2人いたら、セオが気づかないはずはないのに。

「どうして大統領は自分じゃなくてディエゴを呼んだのかな。」
「この機関車内で自分は勝てないと悟ったんだろう。オレをシルバー・バレットごと呼んで、オレに遺体を持ち出させたんだ。」
「でもディエゴが持って行ったら、遺体はディエゴのものになるでしょう。結局大統領は負けたことになる。」
「ははっ……そりゃあいいじゃあないか。なんで大統領がオレに託したは知らない。が、オレは大統領に勝った。それだけだろ。」
「うん。ディエゴの勝ちだよ、本当に良かった。……本当に。」
「ありがとう、セオ。最高の気分だ。」
「わたしも最高の気分。……でもディエゴがこの世に2人いるのはいけない。もし出会ってしまったら困るよ。」
「だから……セオ、行ってくれるか?」
「当たり前でしょう。」

 セオは立ち上がり、自分についた汚れを軽くはたき落した。

「ディエゴは遅れて来て。もしかしたら別世界のディエゴがゴールをするかもしれないから、できれば目立たないように……それで、ニューヨークでまた落ち合おうよ。」
「分かった、そうしよう。」
「じゃあ……わたしは行くね。ゴールで待ってるから。」
「ン。」
「絶対来てね、約束だからね。」
「約束だ。」

 最後尾のラームの元に走る。これが最後だ、突然現れた別のディエゴを元の世界に戻して、ゴールして、ディエゴとまたあって、それで終わりだ。





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