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Blooming Feeling … 15


 セオがディエゴに追いつくことができたのは、8th STAGEが始まったあとだった。しかもそれは、かなり緊迫した状況下で。

 フィラデルフィアの街中で、出血した腹部を押さえているディエゴに遭遇した。ありのまま今起こっていることを話すと、そうとしか言えない。セオは脊髄反射でラームから飛び降りると、そこで何が起こっているかは確認せずディエゴに飛びついた。ディエゴの怪我をしている腹を押さえ、彼をこんな目に遭わせたのが誰なのか見つけるべく、周囲を見る。犯人は直ぐに分かった、自分たちを見下ろして来る大きな男の影は、セオに敵意むき出しで殺気の籠った視線を突き刺している……アメリカ合衆国大統領、ファニー・バレンタインだ。どうして大統領たる彼がここに居るのか、何をしているのか、何があったのか、……知りたい情報はたくさんあれども、そんなことはどうでもいい。
 今セオに重要なのはただ一つ。ディエゴに手を出す者は、例え合衆国大統領であろうと決して許してはおけない。

「アトロポス!!!」

 セオは利き手をバレンタイン大統領に向かって伸ばす。大統領はセオの咄嗟の行動に対処しきれず、その首をセオに掴まれた。セオはすかさずスタンドを出し、大統領の寿命を吸い取り始める。

「お……お前は……!」

 大統領はセオのことなど全く知らない。服装からレース参加者なのだろうということは読み取れても、どこの誰かなどは全く知らない。しかし大統領にも重要なことはただ一つ。自分の邪魔をするものは取り除かなければいけない。

「お前は誰だ?」

 セオは大統領の問いには答えない。大統領の肌はゆっくりと水分を奪われて、次第に皺を深めていく。大統領はセオに向かって手を伸ばし、その手の甲がいつも見ている自分のものよりずっと年老いていることに気付いた。彼はセオの腕を両手でつかみ、どうにか自分から離させようともがく。しかし本気のセオの手は全く動かなかった。むしろ年老いた所為で力を失くした大統領ではセオには敵わない。

「わたしは……セオ・フロレアール……ジョナサンの幼馴染で……。……ディオの未来をもらった女です。あなたがどうしてディオを攻撃しているのかは分からないけれど……わたしはそれを許しては置けないんですよ……。」

 しかし当然のことながら大統領もここで終わってはいられないらしく。
 セオの手のひらから、大統領を掴んでいた感覚が消えた。手のひらからすり抜けたというよりは、本当に手の中で消えたと言った感覚が適している。大統領の姿が細くなった。まるでランプの魔神が、ランプの中に消えていく瞬間を見たようだった。シュンと大統領は消えた。それと同時に、突き刺すような威圧感も消えた……文字通り消えたのだ。
 まだどこかに潜んでいるかもしれないが、セオは一旦大統領を探すことを止めておき、怪我をしたディエゴに駆け寄った。

「ディエゴ!」
「クソ……大統領め……!」

 ボトルに入れていた水をディエゴの腹にある傷口にかける。不自然に正方形の形をした傷口だった。未使用のガーゼを消毒液でびしゃびしゃにして傷口に張り付けると、ディエゴは声にならない唸りで喉を震わせた。しかめられた顔から、どれだけ痛いかが伝わってきて、セオも同じように眉をギュッと眉間に寄せた。

「何があったの?」
「……『遺体』を大統領に奪われた。揃えれば何でも願いをかなえてくれるって言う代物らしい。」
「遺体?……そんな物騒なもの、誰の?」
「とんでもない聖人の物だ。あれのお蔭でオレはスタンド能力に目覚めた。……セオ、君もそれを持っていたんだな。」

 スタンド……ついにその言葉をディエゴの口から聞いてしまった。セオはため息を吐いてしまう。彼がスタンド能力に目覚めたのはつい最近だと思われる。セオとディエゴがフェルディナンド博士に遭遇したときはまだだったはずだ。あの時もセオはアトロポスを表に出していたが、彼は何も言わなかったから。

「これだよね。」

 セオは背後にアトロポスを……石膏製の女神を背負う。白い石の肌は見た目に反して柔らかく、身にまとった布と髪が柔らかく揺らめいていた。

「それがスタンドか?」
「うん。」
「そいつの能力は……。」
「わたしが掴んだものを老化させることができる。……老化の行きつく先は死だから、やり続ければそのうち死ぬんだけど。」
「レースの序盤で、君がやった男はそれで斃していたのか。」
「そういうこと。」

 未使用の包帯を取り出し、セオはディエゴの腹に巻きつける。ガーゼがずれないようにディエゴ自身に押さえてもらいながら、緩すぎず締めすぎずを意識して、くるくると。巻き終えた包帯は結んで止めて、ディエゴの背中を曲げ伸ばししてもらう。可動範囲に問題はなさそうだ。しかし、直ぐに包帯は内側からにじみ出る赤で包帯が染まってしまう。見ていて切なくなる光景だった。

「……やることやらないと。」

 セオは立ち上がって、人通りのない道の向こうを眺めた。まるで人払いがされているかのように、不自然に人の通りが無い。もしかして大統領が交通規制をかけていたのだろうか。

「やること?」

 ディエゴはセオを見上げた。

「逃げた大統領は、仲間を連れてまたディエゴを殺しに来るかもしれない。そうなる前に、」
「大統領を殺す?」

 セオが続けようとした言葉を、ディエゴが続けた。セオはディエゴの目を見て、少しだけ目を細めた。その通りだと、暗に物語っている。

「大統領の暗殺か。」
「そういうこと。『暗』にできればいいんだけど。」
「誰かに見られていたら、君は死刑を免れられないだろう。」
「ディエゴを守れるなら、それでも。……いや、死刑になったらわたしが死んだあとディエゴに掛かる火の粉を払えないな。」
「君が死んだらオレも悲しいしな。」
「え!」

 今の言葉、セオは聞き逃さなかった。

「も、もう1回言って。」
「いや。今のは一度きりだ。」
「っああ!ディオ!大好き……!」

 セオは怪我をしたディエゴの腹を避けるように、素早く彼の首に巻きついた。戦闘で上がった体温、がさがさで切り傷だらけの肌、汗のにおい、どれも懐かしく感じる。やっぱりこの人は、見ず知らずの他人ではないのだ。

「お願いだから、今度は自分の命を無駄にするようなことはしないでね。」
「君の言葉や行動から察するに、前世のオレは手痛い失態を犯したんだろうな。……だが今回は違う。君がいるだろ?」
「……そうだね!そう、わたしがいるから大丈夫。」

 ディエゴは痛む腹を抱えて立ち上がった。セオの目には入っていなかったが、すぐそばにシルバーバレットが待機していた。彼女……シルバーバレットは主人が立ち上がったのを確認して、スタスタと近寄ってきた。ディエゴは怪我のことなど気にせずシルバーバレットにまたがった。彼はセオにも早く馬に乗るよう指を指し、何事もなかったかのように姿勢を正して行ってしまった。

「前だってわたしがいたよ。」

 セオはディエゴの背中に投げかけた。
 彼の耳にセオの言葉は届いていなかった。





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