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Blooming Feeling … 13


 久しぶりに暖かいベッドの上で目覚めた朝。
 顔を洗おうと洗面台の前に立ち、久しぶりに自分の顔を見た。様々な環境の中を走り続けてきたが、肌は少し焼けたくらいで綺麗なままだ。これでもちゃんと手入れはしている。特に乾燥した土地が多いので、保湿には気を使っている。むしろ化粧をしない日々が続いているお蔭で調子がいいようにも感じる。セオは頬を撫で、満足そうに笑った。
 そして、ふ、と、真顔になってしまう。

「……自分じゃない。」

 他でもない自分の顔を見ているのに、これは自分の顔ではないと思ってしまう。前世の自分の顔を、今と同じように鏡の前に立っている前世の自分の顔を思い出し、その顔と今見ている顔を重ね合わせてしまうのだ。はっきりとした乖離を感じるわけではない、今の顔が自分の顔だという意識はしっかりしている。ただ、時々、どうしようもないことだが、その違いに敏感になってしまう日がある。
 前の顔ではないから、ディオに思い出してもらえないのでは、なんて考えてしまう。しかしセオは、ディエゴがディオと違う容姿だからと言って気づかなかったわけではない。……だからきっと、きっかけが必要なだけなのだ。それに昨晩は良い兆しがあったし。

「大丈夫、大丈夫!ディオは絶対に思い出してくれる。……だからはやく会いに行こう。」

 大丈夫だ、関係は良い方向に進んでいる……気がする。
昨晩はあのあと、あっさり別れて、それぞれの宿屋に戻った。ディエゴの泊まっていう宿は教えてもらっていたので、朝の7時30分頃、セオはまとめてあった荷物を掴んで自分の部屋を出た。教えてもらったディエゴの宿屋を訪ねて、受付にいる主人に声をかける。

「ディエゴ・ブランドーの部屋を教えていただけますか?」

 セオはレース参加証明の金貨を見せながら問う。

「ブランドー選手なら、1時間も前に出て行かれましたよ。」

 主人は残念そうに眉をハの字にして答えてくれた。セオは自分の血がサーッと引くのを感じた。置いて行かれた。
 まだ幸運なことに、今日は10時にこの町から5th STAGEが始まる。ディエゴは1時間早く出発のはずだが、今からでも十分に間に合う。セオは置いて行かれた悲しみをゆっくりと怒りに変えながら宿屋を出た。
 朝早くにも関わらず、今日もスタート地点は大賑わいだ。ゴールの時と同じように、道の左右には街の人々があふれている。セオはラームの手綱を引き、徒歩でスタート地点にやって来た。係員に金貨とラームを確認してもらい、5th STAGEも出場して良いとの許可を得る。
 観客の中からセオを呼ぶ声もした。男性、女性、老いも若いもいろんな声だ。なんてありがたいことなのだろう。セオは自分に向く視線に気づくと、こちらに向かって手を振っている人々に手を振りかえした。それだけでも歓声が大きくなる。まるでスターにでもなったような気分だった。

 タイムボーナスのある選手と、それ以外の選手で集合場所が分けられていた。長く横一線に引かれた白いスタートラインには、今の所ポコロコという選手しかおらず、彼は愛馬の上にうつぶせになって寝ていた。ボーナスのある選手のスタートまでまだ1時間もあるのだから、この過疎も理解できる。対して、スタートまで2時間ある他の選手たちはだいぶ集まっていて、もしかしたら既にゴールした全員が居るのではないかとすら思える。集合場所はかるいパーティー会場のようだった。レース中に仲良くなった出場者たちも居るようで、どこか和気藹々とした空気も感じられる。もちろんセオにはそんな余裕はなく、ディエゴがスタートラインに現れるのをじっと待っている。上位に居るセオのスタート位置は一番前の列なので、今も待機場所の一番前で白線をじっと眺めていた。

 30分ほど経過して、受付場所にディエゴ・ブランドーが現れた。会場がより一層湧き上がる。選手たちにも緊張が走り、それと同時に、憧れやら応援やらのささやきが聞こえ始めた。
 セオはラームの手綱を手近にある柵の柱に括り付けると、彼を離してディエゴの元に走った。受付を終え、スタートラインに向かう彼に殆どぶつかるくらいの勢いで突進し、叫ぶ。

「ディエゴ!!!」
「なっ……ああ……君か。どうした?」
「どうしたって!?置いていかれたから慌てて飛んできたんでしょう!」
「置いていかれたなんて。今回も一緒に走るなんて約束はしてないだろ。」
「してないけど、ここまでほとんど一緒に来ておいてそれは無いんじゃないかな!?」
「すまない。」
「すまない。で済んだら保安官はいらない。」

 いやまあ約束はしていないけど、と、つぶやくセオ。セオのことなど気にしていなかったという態度のディエゴに腹が立ったので、セオは自分の非を認めたくなかった。

「1時間分のタイムボーナスなんて直ぐに追いついて見せます。」
「……そうしたければ、いつも通りそうしてくれ。」
「そうするよ!」

 ディエゴは係員に呼ばれてスタートラインへ行ってしまった。セオはしぶしぶラームの元に戻り、スタート時間まであと1時間以上あることにやきもきしながらディエゴの背中を睨み続けた。





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