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[ お返しには感謝 ]
バレンタイン 兵器廠東棟にて
今年もやってきたバレンタインデーの季節。2月に入るとオセロットが急にそわそわし始めたのをみて、セオは1日に1度はため息をついた。今年はなにをくれるのだろう。2月14日が怖くもあり待ち遠しくもあった。
「おはようございます、セオ少佐!」
2月14日の朝一番、である。朝食の時間よりも早くセオの部屋の前にやってきたのは、他でもないオセロット少佐だった。
「……おはよう。」
身支度は済んでいたとはいえ、こんな朝早くに来られるのは迷惑である。若干の不機嫌顔でドアを開けると、そこには想像通りの満面の笑みを浮かべたオセロットがいた。朝から笑顔が眩しい、頭に響く。
「今日はバレンタインデーですから、セオ少佐に……」
「朝から廊下で迷惑だろう、上がっていけ。」
「え、いいんですか!?セオ少佐!お部屋に上がっても?」
「いいと言っている。」
他人を上げたことのない部屋だが、人並み以上に片付いているはずだ。ミニマリストではないが、本当に必要なものしか置いていないので、片付いているというよりは物がない。
「ここが、セオ少佐の、お部屋……。」
なにを感動しているのだオセロットは。彼は深呼吸をしている。ああ、セオ少佐の香りがする、と、少々気持ちの悪いことを言っていたので、セオはわき腹に肘を突き刺した。相当痛かったらしく、オセロットはわき腹を抑えながらソファに座る。
「紅茶でいいよな。」
先ほどお湯を沸かしたばかりのまだ熱いやかんを、再び火にかける。
「お、お気遣いなく。」
「お客様に茶の1つも出せないほど非常識じゃない。」
セオがチラと覗き見た感じでは、オセロットの持ち物は小さな白い紙袋のみだった。今年は薔薇の花ではないのだろうか。
後ろでそわそわしているのオセロットの気配を感じながら、セオは平常心になろうと意識しながら紅茶を淹れる。誰かを自分の部屋に上げるのも、誰かに紅茶を振舞うのも、……誰かにプレゼントを用意するのも、だいぶ久しぶりなのだ。思わず手が震えてしまう。
「どうぞ、わたしのお気に入りだ。ジャムがなくて申し訳ないが。」
「い、いえ!セオ少佐が私のために淹れてくれた紅茶……なんて素晴らしいんだ……。」
「そんなにか?」
「そんなにです!」
この人はわたしにでろでろに惚れているんだなぁ、と、セオは思う。
「……そうだ。オセロット少佐、はい、これ。」
セオはほいと白い箱をローテーブルに載せる。すーっとテーブルの上を滑らせるように押して、オセロットの前に差し出した。
オセロットの目が丸く開かれる。そして目はキラキラと光り出し、そのまばゆい視線をセオに向けた。
「も、もしかして!これって!」
「そうだよ。」
2年も連続で貰いっぱなしでは気が済まない。セオは先日モスクワまで出かけた時に、美味しそうなクッキーを見繕ってきたのだ。男の人だし甘いものは得意じゃないかもしれない、でも紅茶ともコーヒーとも合わせられるクッキーなら、きっと今日のおやつにでも美味しく食べてくれるのではないだろうか。
「か、か、感激です!セオ少佐からバレンタインデーの贈り物をいただけるなんで!これって愛の告白ですか?私の気持ちを受け取っていただけたんですか?」
「そこまでではない。」
「でも、これを買うために、私のことを想って店まで行き、私のことを想って品を選んで、私のことを想ってここまで持って帰ってきてくれたんですよね?」
「……それはそうだが。」
「ああ、いまはそれで充分です……なんて素晴らしい日なんだ。」
「前向きで結構。」
オセロットはクッキーの入った箱を大切に抱きしめている。見ているセオは恥ずかしい。大げさにされると、嬉しいと言うよりもむずがゆい気持ちになる。オセロットは大きく深呼吸をすると、また箱を見つめ、そっとローテーブルに置き直した。そして彼は、自分の傍にある紙袋から、黒い箱を取り出した。
「これは私から!」
2年連続のバラから、今年は箱にシフトした。セオは箱を受け取る。オセロットに開けて欲しいと促されたので、セオは箱を開けた。
黒い箱の中には、紺色のベルベットが貼られた立派なケースが入っていた。これはアクセサリーか万年筆か。箱を開ける、細いシルバーチェーンのネックレスだ、小さな赤い宝石がついている。
「アレキサンドライトか。」
「ええ、小さいですけれど質はいいものです。貸してください。」
セオは言われるまま箱を差し出す。オセロットは箱の中のネックレスをそっとすくい上げると、セオの背後に移動した。彼女の首にネックレスを回し、後ろで優しく留め具を合わせる。
急なことにびっくりするセオだが、動揺を見せないよう平常心を装う。オセロットの暖かい指が首に触った時には、思わず肩を上げてしまったが。
「ありがとう……しかしこんな軍人にはもったいない美品だ。」
「いいえ、セオ少佐はお美しいからとても似合います。軍服の下にいつでもつけていてくださいね。」
「いつでも……そうだな、できる限りは。」
「毎日ですよ!このネックレスであなたを独占していたいんですから。」
セオの胸がどきりと跳ねる。そういえば、ネックレスを贈るときには相手を独占したいという気持ちが込められている、なんて話をアメリカで聞いたことがある。世界共通の意識だろうか。
「もし私の気持ちが重いとお感じなら、無下にしてくださっても結構ですからね。」
そんなに切ない顔をされては困る。無下にできるわけがない。
「……そんなことできるか、大事にする。……さ!また後でな。」
「は……はいっ!また後ほど!今日も頑張りましょうねっ!」
これ以上オセロットと話をしていては絆されるばかりになってしまう。セオは彼の服を引っ張って無理やり部屋から追い出した。
一気に静かになった部屋で、自分の心臓の音ばかりが目立つ。朝礼まであと30分以上ある、一度落ち着こう。棚にしまってある辞書を取り出して、バラバラと雑にページをめくる。アレキサンドライト、の文字を見つけて、そこで手を止めた。
「『秘めた思い』か、まったく隠してないくせに……。」
熱くなった頬を叩く。
これからはもうちょっと優しくしてやってもいいかな、と、セオは今までの行動を少しだけ反省した。