trance | ナノ



[ 腕いっぱいに愛 ]




 バレンタイン 兵器廠東棟にて

「前見えてるか?」
「その声はセオ少佐ですね!」
「見えていないんだな」

 こんな極寒の地では珍しい花束を抱えているオセロットが廊下の向こうからやってきた。顔は花で見えなかったのだが、特徴的な靴とベレー帽で判断した。当たっていたようで良かった。
 彼は大量の薔薇の花を抱えている。赤白ピンクの三色が入り乱れて、ちょっとだらしのない花屋の店先のようだった。

「どうしたんだ?その花束は。」
「やだなあ、解っているくせに。」
「・・・わたしの部屋には置ききれないぞ。」

 今日はバレンタインデーだ。きかなくてもセオにはわかる、間違いなく自分への贈り物だ。いつだったかは忘れたが、ある日を境にオセロットは随分とセオに懐くようになった。まるで餌をくれる人を追いかける野良猫のように、オセロットはセオの後ろをついて歩く。セオ自身の仕事に支障はないので放っておいているが、なんだって自分についてくるのか彼女自身には理由が検討もつかない。好かれているのは彼を見てわかるが、なぜ好かれたかは覚えていない。ただ、好かれて悪い気はしない。

「置ききれない分は私が持って帰りますよ、持てる分だけ持ってください、さあ。」

 さあと言われて束を差し出されたが、どうしろと言うのだ。受け取らないのはオセロットに悪い、しかし大量に持って帰るには部屋が狭い。セオは束の中から一本、ぱっと見た感じで活きの良さそうな赤い薔薇を引き抜く。

「一本でいい、ありがたく受け取っておくよ。」
「一本だけですか?もっと持っていってほしいのに。」
「これだけで十分さ。君が抱えているその沢山の薔薇を見て満足した。あとはオセロットが持っていってくれよ。」
「・・・勿体無いなあ。」
「君のわたしに対する愛の大きさだと思って持ち帰るんだ、部屋で愛の再確認をしてくれ。」
「なるほど、そうします!はぁ、この花束は愛の大きさか・・・まだ足りないな、来年はもっと沢山持ってきますから。」
「一本でいい。」

 トゲに触れないように、セオは茎を持って薔薇をクルクル回す。みずみずしくて元気な薔薇だ、こんな上品なものはなかなかロシアでは見られない。もっともらっておけばよかったかと思う。ただスパイの身には余計なものだ、一つだけ、彼の善意に応えて受け取るだけにしておこう。

「あとは誰かに配って歩けばよいのでは?」
「いいえ、これはセオ少佐のために用意したものですから。残りは私が大切にします。」
「・・・そうか、特別な贈り物をされるのは嬉しいな。」
「でしょうでしょう?私は特別にセオ少佐が大好きですからね!」

 えっへんと効果音がつきそうなふんぞり返り方をする。薔薇の重さでそのまま倒れそうだから気をつけてほしい。

「ありがとう、大切にする。」
「そうしてください。」

 オセロットはにかっと笑う、つられてセオも口角を上げた。悪くないバレンタインだ。






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