trance | ナノ



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 ディオの館はすっかり燃えて崩れ去っていた。なんだかジョースター邸の時のようだなぁ、とセオは苦笑い。ヴァニラは吸血鬼になりポルナレフによって斃されたが、テレンスやマライヤ、ホル・ホースなど一部のスタンド使いには生き残っていて、SPW財団によって保護、監視されているらしい。

 セオはジョセフ・ジョースターと空条承太郎、花京院典明、そして犬のイギーと共に日本へ渡ることにした。彼女もSPW財団に保護監視をされる予定なのだが、実害の無い吸血鬼だとジョセフが説明してくれたので、わりと楽に出来ている。モハメド・アヴドゥルというエジプト人の男性は、生まれ故郷のカイロに残ると言い、一足先に去っていった。ポルナレフも故郷のフランスに帰る、とのこと。

「セオ、SPW財団の飛行機が来たが用意はいいかの?」
「うん。」
「荷物はねえのか。」
「なんにも無いよ、身ひとつ。ただこの絵本は記念に持って行くけれどね。」

 『もののなまえ』と題名のついた本をセオはそっと抱きしめる。焼けた館の中で焦げ目一つなく無事に残っていたこの本を見つけた時は感動した。ディオと一緒に読んだ本、生まれ変わってからの一番の宝物だ。


 空港の外はとっぷり夜。日光に当たると消滅してしまうセオの事を考え、SPW財団の者がフライトは夜にしてくれたのだ。初めて乗る近代的な乗り物、しかも空を飛ぶだなんて。考えられないことだったが、花京院が悪くないですよと言っていたので期待している。
 ディオと死別をしたが、わりとセオの心中は穏やかである。それはきっと、ジョセフが傍に居るからだろう。性格は彼の方がずっと軽いにしても、彼からはジョナサンのような波動を感じる。近くに居てなんとなく落ち着くのだ。なんて、ディオに知られたら絶対に怒られる。

「楽しみだなぁ、飛行機。」
「セオ、身重なんだから気を付けるんじゃよ。」
「はいお父さん。」
「アンタの方がずっとおばあちゃんのくせして何を言っておるんじゃ・・・。」
「見た目は大丈夫。」

 まだ実感の湧かないような大きさの命を抱えた腹を、セオはそっと撫でた。バンの中で簡易的な身体検査を行った時、セオの腹に子供がいることが発覚した。間違いなくディオの子供である、セオは身に覚えがあった。研究者たちは吸血鬼の子供がと言っていい顔をしなかったが、ジョセフが寛容でいてくれた。問題があったらその時対処すればいいと、彼には波紋の力があるし、承太郎やセオがかかればなんとか出来るだろうと。
 わりと学生気分の抜けていない、大人になった気のしていないセオには突然の事で驚いたが、ディオの忘れ形見として無事に出産してあげたい。

 出産は、だ。

 その先の事をセオは考えて、後ろ暗い気持ちになった。
 セオは早くディオの元に行きたい。今すぐにでも日の元に降り立って、この身を灰にしたいと思っている。そんな気持ちを抱えたまま、この世に産み落としたい命をもその腹に抱えてしまった。
 煩わしいと思ってしまうなんて。それだけで、産む資格なんて認められない、そう人差し指を向けられて言われそうだ。



 『もののなまえ』で見た飛行機よりいくらか小さい、どちらかというとヘリコプターに似たセスナ機。セオはジョセフに手を引いてもらいながら中に入った。中は馬車よりも広く、脚をゆったりと伸ばせる余裕がある。椅子は革ではなく布で包まれていて、ソファのように柔らかい。馬車とは違って全ての席が進行方向を向いていた。ジョセフとセオが並んで座り、その前には承太郎と花京院。イギーは毛布を入れたかごを床に固定して、そこに落ち着いた。
 助走をつけ、ゆっくりと機体が浮き上がる。真っ暗な視界から段々とカイロの街の明るさが見える高さになった。カイロタワーから街を見た時よりもずっと高い、雲を越えるような高さ。
 窓際に座って外をじっと眺めるセオは、ひととおり子供のようにはしゃいだあと、すっと心と腰を落ち着ける。カイロの街が遠くなる。灯りの集合体が1つの星のようにかたまり、そして消えていく。紅海、カスピ海を越え、下はすっかり暗い。まるで何もない所を雲の波に身を任せて泳ぐようだ。


 ディオと暮らした街が消えてなくなった。ロンドンからカイロへ、そして何も知らない日本へ。心に空いた穴から悲しみが溢れだす。すっと頬を落ちる涙が、鏡のように自分を移す窓に映って見えた。
 さっきまでセオの様子をうかがってあれこれ訊いてきたジョセフは、彼女の様子が変わったことに気づいて口を閉じる。

 敵同士だった。自分たちの命を脅かす存在だった。DIOという男は斃すべき存在で、自分たちの手で始末をつけなければならなかった。しかしそうは思っていない人もいる。害のあるスタンド使いの刺客達はどうでもいい。この、目の前に居る女性は、ただ純粋にディオ・ブランドーだけを見ていた。どうにもならないことだった。誰もがそう分かっている。

「・・・わたし、夜型の生活に慣れてしまっているからなかなか眠れないけれど、気にしないで寝てしまって構わないよ。」

 吸血鬼だけが理由ではない赤い目のセオが微笑む。白目がしっかり充血して、ジョセフはそれを見ただけでも居た堪れない気持ちになった。それでも、気丈に振舞ってくれる彼女に、必要以上に心配している気持ちを伝えるのはよくないと思い、ジョセフは、そうか、とだけ答えた。前の席の2人はもう寝ているのだろうか、ぴくりとも動かない彼らは、ただセオに気を使って黙っているだけのようにも思える。

「じゃあ・・・先に寝るぞ、おやすみ。」
「おやすみなさい、ジョセフさん。」

 ジョセフは毛布をしっかり肩に掛け、被っていた帽子を鼻の上まで下ろした。顔を俯けて呼吸を落ち着かせている。寝息が聞こえるのもそう遠くないだろう。

「おやすみなさい、ディオ。」

 誰にも聞こえないように、口だけを動かして、夜の挨拶。セオも布団をかけて、ゆっくりと目を閉じた。






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