trance | ナノ



20.脆い檻


 景色が見えないようにという意図があるのだろうか、カーテンが引かれた馬車に乗せられ、セオは長時間拘束されていた。腕を背中で縛られ、さらにディオにその腕を掴まれていたので、彼女は完全に動けないでいた。身動きのとれない辛さや極度の緊張で、セオの体力はほとんどゼロだった。
 ゆっくりと、馬車が停まる。馬車の扉を開けたのは、この辺りでは珍しい東洋人らしいの男だった。切れ長の目はどこか下賤な雰囲気を醸し出している。彼はセオが降りやすいためにと手を差し出したが、セオはその手を取るのがこわかった。ディオの背に隠れると、代わりに彼がセオを摘み上げて馬車から降ろした。
 雲に月が隠れて暗い夜。見上げたそこには立派な館がそびえたっていた。古く脆くも、威厳のある姿、ジョースター邸とは比べ物にならないような、歴史的なたたずまい。

「ここは?」
「・・・ウインドナイツ・ロットという街だ、この館は今の根城にしている。」
「へえ・・・。」

 ディオはセオの腕を縛っている縄を掴み、館の中へ入るように促した。大きな門を東洋人の男が開ける。中からは埃の匂いが流れ出てきた。

 ところどころに蝋燭が立てられているだけの暗い部屋。客間の様な空間に入ると、セオはやっと縄をほどかれた。腕を伸ばすと気分がすっと楽になった。

「・・・で、ディオくんはどうして私を連れてきたの。」
「先ほども訊いただろう、君を傍に置いていたい、それだけだ。」
「本気?わたしが嫌がっていても?」
「もちろん。」

 傲慢なディオらしいなぁ、とセオは思う。それと同時に、心が手に入らなくても身体だけ拘束しておきたいだなんて、なんて悲しいことなのかとも思う。孤独な人の考えることだ。彼は自分の事を好きだと言ってくれた。その気持ちを嘘だとは思っていないし、そう言ってくれるのは嬉しい。しかしセオの方にはそんな気持ちはほとんどない、ただ純粋な、友情のような感覚だけがある。今後この気持ちにどんな変化が起きるかは分からないことではあるが。だからセオは、目の前のディオを見ながらも頭の中では、置いてきた研究や、家で寝ているはずの父親、そしてどこにいるのか分からないジョナサンのことがぐるぐる回っていた。

「わたしは帰りたい。」
「それは許せないな、君を手放す気などない。」

 ディオは、離さない、の一点張り。きっと何を言っても聞いてくれないのだろう。セオは近くにあった1人がけのソファに腰を下ろした。疲れがどっと出て、一度俯くと頭を上げるのが億劫になる。ディオはそのソファの肘かけに座って、そんなセオの頭を優しく撫でた。

「・・・一緒にいたら吸血鬼になりそう。」
「近いうちにさせる予定だが?」
「わたしは人間でいたい。」
「吸血鬼は良いぞ。」

 吸血鬼になるとはどういう感覚なのだろう。怪物になれば強い力が手に入るのだろうか、人の心は失ってしまうのだろうか、他人を傷つけるのに自分を責めることはなくなるのだろうか。ジョナサンに、ディオは火事によって死んだと聞かされていた。火に巻き込まれても生きているということは、きっと不死身なのだろう。そして火傷のあとの一つも残っていないのは、再生する力が強いのだろう。人の心は変わらず持っているように見える。楽しそうに笑い、人を惑わせて楽しみ、人を愛しているという。大分自信家に磨きがかかっているのは変化と言えるだろうが。一見、今は悪い所がないように感じる。しかしセオには、何とも言い表せない嫌悪感があった。人間に生まれ、人間として死にたい。いくらディオがいいものだと言っても、セオには人間を辞める気など毛頭なかった。それでも彼は無理やりにでも吸血鬼にさせて来るかもしれないが。
 セオは分厚いカーテンの向こうの景色を思い浮かべてため息をついた。






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