番外小ネタ | ナノ






 体育の如月先生は、女子生徒にモテている。
 校長が如月先生に敬語なので、学校を掌握してると噂だ。
 噂ではお金持ちらしい。
 噂では手が早いらしい。

 地毛らしい赤髪で、チャラい印象が根深いんだろう。だが、大抵の女子生徒が玉砕しているのだとか。


「兄様」
「……学校くらい、竹松先生でいいよ。史織」
「……しかし」
「ああもう。ここは研究所じゃないの。僕達は自由なんだよ? プロジェクトは失敗に終わったんだし……」
「……」
「そんな顔しないでよ。君も僕も同じなんだから……」


 現代文の先生である竹松深織は私の兄だ。ちゃんと血が繋がっている、家族。
 せめて、家族の力になりたいと兄に何かできることないのかと近寄ろうとも、兄も女性に人気なのであまり近寄れない。

 困った顔をした兄。これ以上いたら迷惑だと判断して部屋から出ていこうとしたら、兄が何かを思い出したように封筒を私に差し出した。


「もしよかったら、これ鈴太く……如月先生に渡してくれる?」
「……わかりました」


 兄に頼まれた書類を汚さないように手に取り、再び部屋から私は姿を消した。 足音が廊下から聞こえなくなったのち、兄様は肩を落として呟く。


「……可哀想に」


▽△


 如月先生は、体育準備室にいるだろうと部屋の前まで行ったら、扉から制服を着崩した女のコが泣きながら飛び出して、走り去っていた。目を丸めて女のコの後ろ姿に顔を向けると、扉の内側から舌打ちと苛ついた独り言が耳に入る。


「……だから女は面倒くせぇんだ……あ……深織の妹」
「……どうも」


 ……手を、出そうとでもしたのだろうか。Yシャツが着崩れしている。鬱陶しそうに前髪をかきあげて、言葉を濁す如月先生だったけど、親指を準備室に向けて、平然と私に言ってきた。


「深織のお使いだろ? 中入れよ」
「……はい」


 教師としての自覚、なさそうだなぁ。
 促されるままに準備室に入ると、扉を閉めた如月先生。他の教師はいない状況であり、つまりは二人きりだということ。


「勘違いしてると思うけど、さっきの女はガキ扱いすんなって勝手に脱いで俺を脱がそうとしたから、ウザイって言っただけだからな」
「……」


 最近の女のコはませているな。
 幾ら好きな人相手でもいきなり脱ぐのは……もっと確実な方法があったはずなのに。
 まぁ、私には関係ないことだと書類を渡そうとしたら、如月先生は上半身裸で、何かTシャツを掴もうとしてた。慌てて視線をはずしてしまう。


「あー。見慣れなかったか。わりぃな」
「いえ、気にしないで下さい」
「……ぎる」
「え?」
「気にすんな。ほら、それ寄越せ」


 ……悪いと言うわりに、服を着てないだろう。これセクハラになるんじゃ……。
 ここで根をあげていては兄様の力になれない。恐る恐る如月先生に書類を渡すと、如月先生は微笑を浮かべた。


「サンキュ。助かったよ」
「……」
「お前みたいな奴が体育委員なら助かるんだけどな。お前じゃない女はなんかだいたいキモい目で見るし……違う奴は体育委員なんて面倒臭がるし……」
「……はぁ」
「もうすぐで後期の委員決めだろ? なってくれねぇか?」


 顔を覗きこんで、笑顔を浮かべる如月先生。妙な心拍数の高さに吐き気がして、如月先生を通り過ぎ、扉のドアノブに手をあてた。


「……考えておきます」


 そう、答えて仕事を終えた私は体育準備室を後にする。
 残された如月先生はTシャツを着ながら、何かを唸るように考えていた。


「今のでダメか。……結構いい人っぽくしたんだけどな」


 如月先生は、書類を片手に席に座り、先ほどまで浮かべていた笑みとは違う、悪魔みたいな笑みを浮かべる。


「……時間ならあるんだ。絶対にモノにしてやる」


 歪んだ狂気を向けられていることに気がつかず、私は兄の元へと向かう。
 兄さえ、共犯者とはしらずに。



| top |



- ナノ -