偶然、見かけてしまった。
仕事と言っていた。だから、仕事なんだろう。しかし、地元とは思わなかったけど。
ビルの間で、女のコにキスをしていた鈴太さん。ガッツリ、唇にだ。隣に居た綺真も気がついたようで、あわあわと顔を真っ赤にしながら彼を指差す。
呆然とその光景を見ていると、鈴太さんが視線に気がついたのか、こちらに顔を向けた。瞬間、目をまん丸に丸めたかと思えば、女の子を抱き締め、こちらに首を振って何かを合図する。
「し、しし、史織ちゃん、あの」
「知りません」
「えっ」
「行きましょう」
綺真の手をとって、鈴太さんから視線を外して私は前へと歩む。
あれは仕事だ。流石に私にだって判断つく。あんな、私を見てかなり怯えていたんだから。
……でも、仕事ってどこまでするんだろうな。
「史織ちゃん! あの!」
「ん? どうしかしましたか?」
「あ、あれ、如月さん……だよ、ね? あ、あれあの、う、うわっ……」
「綺真は気にしなくていいです。大した問題じゃないので」
如月さんの地獄耳に届くのだろうか。でも、実際に仕事だと私は了解してるんだ。口出しなんてできないし、しない。
▽△
思ったよりも、如月さんは早くに帰ってきた。玄関を開けて靴を脱ぐ間さえ無いくらい、ドタドタとリビングに向かって来る。流石に片付けが大変だし、日本には土足で家に入るなんてマナー違反だと注意しようとリビングの扉を開いたら、ぐしょ濡れの如月さんが、扉の前に俯いて佇んでいた。
雨でも降っていたのか、なんて考えが過ったが、そうじゃない。全身、文字通り血まみれなんだ。
「あの女は、殺した」
如月さんが、言葉を紡ぐ。
それはとても震えていて、雨後、寒さに震える犬のようだった。
だけど、顔も、服も真っ赤に染まる如月さんは犬と例えるにはあまりにも恐ろしかった。
「……俺のこと、嫌いになったか?」
「……あ、や。仕事だと……思ったので……」
「ククッ……仕事か……仕事なぁ……」
力があるのだろうか、ないのだろうか。笑う如月さんが、ゆらりと私に詰めより、壁に追い詰める。
「……仕事なら、俺が他の女とキスしても大丈夫なのか?」
「……如月さん」
「大した問題に、ならないのか……お前は、俺のこと……そこまで好きじゃねぇよな」
上から、血のような水滴が頬に落ちてきて、頬に伝う。如月さんは、情けないくらいにぐしぐしと泣いていて、子どもみたいだった。
「……我が侭なのは分かってるけどよぉ……怒られたり、別れるって言われるより、辛い……つれぇよ……」
ゆっくりと、私を抱き締めて如月さんは泣き始める。
怒りも、虚しさも自分から沸き上がらない。ただ、困惑と別の不釣り合いな感情が私を支配した。
如月さんのぬめっとした背を、ゆっくりとなぞりながら、なだめるように私は言葉を紡ごうとしたが、止める。
甘えるな、とか。仕事だから仕方ないとか、心ないこと言えば、如月さんは私に傷つき、泣いてくれるだろう。
この充実感はなんだろう。この、爽快感は、なんだろう。
……どうやら私も、かなり腐った人間なようだ。だけど、バケモノじゃなくてよかったと、始めて思う。
「後悔するなら、しないことですね」
「……ごめん」
「あと、一日私に貴方の時間を下さい」
「……?」
「あの女以上に、構って貰いますから。女のことを忘れる位には……私を、愛してくれなきゃ気がすみません」
如月さんは、少しだけ強めに、嬉しそうに私を抱きしめる。
ああ、甘い。
だけど、貴方を甘やかしたい。
嫉妬、はあまりできないけど……大好きなのは、本当だから。
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