普通の人は、私が何でも出来ると褒めてくれた。
だけど、研究者は私を出来損ないと罵った。
生まれた使命のために、私は頑張ったつもりなのに、届かない。母に、届かない。
孤高の存在は他者を必要としない。だから、私は一人でなんとか生き残れるよう努力したのに、やはり私は母になりきれない。
「……面倒くせぇ」
校内の教室、さらに隣の席の男が忌々しげに呟いた。
手には可愛らしいデザインの手紙が握られていて、用意にラブレターの一種だと予想される。
それを目にする度に、私は一々一瞬の高鳴りに胸を痛める。バケモノは、こんなことでは驚かないはずだ。なのに、私は一人に、如月さんが私から興味を失せることに恐怖している。
情けなくて、こんな弱い自分を他者には絶対に見せたくなかった。
「……告白ですか。行ってらっしゃい」
あくまで毅然と、私は如月さんに言った。如月さんを見ると、私は弱くなってしまいそうなので本に視線を向けているが、内容が頭に入ってこない。
すると、席を立つ音に、目の前に影が映った。そしてその影が私の本を奪う。
如月さんの顔が見れない。見たら、私はどんな顔をしてしまうのか……いや、今でも、あまり考えたくないですね。
自分の弱体化にため息をついてしまうが、虚勢を張ることだけは辞さない。
「……嫌なら、行かなければいいでしょう」
「そうじゃないだろ」
「……?」
「お前は、俺が他の奴にとられるの嫌じゃないのか?」
嫌に決まっている。しかし、だからと言って「如月さん、何処にも行かないで。私の側に居て」なんて乞うのか? 冗談じゃない。私は、一人でいきようとした。まだまだ私は弱い。まだ、甘えられる訳がない。
「……何処にも行かないと、確信してますから」
そう自分に言い聞かせなきゃやっていけないのに、ホントに、私は態度だけの人間だ。
膝の上で拳を握りしめると、机上に本が叩きつけられた。クラスの人間はそれだけで直ぐに退室し、二人だけの世界になる。だけど、如月さんの表情を読み取る勇気がなかった。
「……遊んでくる」
「……え?」
「鬱憤をお前では晴らせねぇからな……」
思いやりのつもりなのか。他所の女にあたることは。 でも、その間は如月さんさんの瞳には、その可哀想な女性だけになる。私は、不必要になるんだ。
意識も、プライドも忘れて、いつの間にか如月さんの服を摘まんでいた。立ち去ろうとしていた如月さんが、目を丸めてこちらを振り向いたから、慌てて手を離した。
ああ、情けない。無駄にプライドしかないことも、素直な女の子じゃないことも、甘えることが嫌いなことも、バケモノになりきれないことも全部。
だけど、私には如月さんが必要だった。……私だって、如月さんが好きなんだ。如月さんを、私だけ必要にさせたい。私だけが、如月さんの意識に残りたい。
だけど、それも甘え。如月さんに、出来損ないは相応しくない。
唇を噛みしめ、視線を下に落とすと、如月さんは何度か私の名前を読んで顔を覗き込もうとした。見ないで。こんな情けない私を、見ないでください。
「史織。嫌だったのか?」
そんな分かりきったこと、聞かないで。
「俺が他の奴と一緒に居るの、嫌なのか?」
そうだよ。私は、貴方を必要としてる。他の人にとられたくないくらいに執着してる弱者だよ
「史織。答えてくれ。……そうしたら、行かないから。史織の側に、居るから」
貴方の甘い毒に、私は逆らえなくなってしまったのか、小さく頷いてしまった。
「……史織。よく出来たな」
また、子ども扱い。
少しだけ、尺に触るけれど、背後から優しく抱き締められてしまったら、何も言い返すことはできない。……好きな人に抱き締められて、嫌な人はいるのでしょうか。
少しだけ頬擦りする如月さんに、目を細める。くすぐったくて、恥ずかしくて、でもこの満たされる感覚は幸福感なんだろう。
「もっと、俺に惚れて欲しい。一秒でも離れたくないくらい、依存してくれ」
それを、してしまったら私は私でなくなるだろう。
如月さんがどうしようもなく好きだ。だけど、今まで積み上げてきた下らないものを否定することは、自己を否定するようで恐ろしかった。
「史織、愛してる……これからも、ずっと……俺だけのもの。俺だけの史織」
それでも、如月さんは容赦なく私を崩壊させていく。
もし、如月さんの好きな私でなくなったらどうなるんだろう。幻だろうと目標を見失ってしまったら、どんな闇に迷い続けることになるのだろう。
私は、それが怖い。
だけど、その恐怖の渦に、彼は手招きするんだ。
そして、きっと私は何時か、その闇に身を任せることになる。
「それは、お互い様です」
だって、結局貴方の前では、私はただの女なんだから。
← | top | →