地獄に居るような気がした。
「あのね、リベンくん。私、鈴太くんと結婚することになったの」
満開に咲く花の様な笑みを浮かべる優。肩まで伸びた黒髪を耳にかけながら、頬を桜色に染める姿は、俺にとってこの世で一番愛らしく、一番辛い姿だった。
俺は、優のことが好きだった。いや、正直に言えば、今も気持ちが傾いている。だけど、俺は人を殺して金を得てる様な悪人だ。わざわざ、そんな命が狙われる世界に、一般人の優を引き込む必要はない。そう、我慢していたのに。
優が結婚しようとしているのは、裏社会でも血も涙もないと有名な如月鈴太だ。
「……え、でも、アイツ。夜美が好きだった……よな……?」
「ちょっと、夜美ちゃんといろいろあったみたいで……今、二人があったら殺し合いになるレベルに嫌悪だから……」
「でも、アイツはお前のこと、夜美に近づくために利用してた駒に過ぎないって」
「うん。そうなんだけど……ずっと私が鈴太くんを好きでいたのが、きっかけでね……私を、気にしてくれた……みたいなの」
だんだん声が小さくなる優。普段の、優しくて穏やかで、年上の余裕を見せた彼女が、恋する少女になっていた。
いちいち胸をくすぐってくる愛しさが、今はキョウキとなって胸を刺してくる。
「アイツは、喜んで人を殺すような外道だぞ……」
「……でも、好きになっちゃったんだもん。鈴太くんの、真っ直ぐなとこ……大好きだか」
「止めろ!!」
聞きたくない。お前から、俺以外の誰かを愛してるなんて台詞を聞きたくない!!
ああ、そうだ。結局は俺がお前を欲しかったんだ! 俺の隣に居てほしかった! だけど、変な偽善がそうさせなかった!! 俺みたいな悪人にお前みたいな善人は相応しくないって口では言っていた思っていた!! だけど! 腹の底ではお前が欲しくて欲しくて堪らなかったんだ!!
お前からこちらに来てくれたらと、俺は俺が気が付かないくらい無意識に願っていた!!
聞きたくない。お前が、誰かを好きだなんて。お前が、よりにもよって俺以上の悪人を選んだなんて。
「り、リベンくん……?」
「止めて、くれ……」
「えっ……」
「鈴太を、好きだなんて言わないでくれ」
机に置かれていた優の左手を掴む。ビクリと震えた小さな手を、逃がさぬ様強く握りしめ、俺は優に訴える。
「アイツじゃなくて、お」
俺を選んでくれと口走る前に、ひたりと冷たい何かが、俺の手首を掴んだ。慌てて俺の手首を掴んだ本人に顔を向ければ、鈴太がせせら笑って俺を見下していた。
「……殺してやろうとしたが、やっぱりいいや。泣いてるお前、スゲーいいからな」
「……き、きさらぎぃ……!!」
殺してやりたい男が、俺と優の手を離す。そして、優を立ち上がらせて、余裕の笑みを浮かべるんだ。
「そういうこった。ちゃんと理解しろよ? コイツは、俺の……んや、組総長の女ってこと」
悪魔のような笑みを浮かべ、如月は俺に「戦争したくなきゃな」と囁く。
優を引き離し、愉快で堪らないと言いたげな笑みを見て俺は「コイツは優を好いてなんかない」と確信した。
コイツは、遊びたかっただけだ。俺で、優で、いや……クオーレも出てくればコイツは両手を叩いて喜ぶだろう。
今も昔も変わっちゃいない。優は如月に騙されていて、利用されたまま女として大切なことを捧げようとしている。
何かが、折れる音がした。
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