私達の関係は、歪みきっている。
「どうぞ、お嬢様」
朗らかに微笑むその人は、私に手を差し出す。エスコートするという意思表示だろう。
だけど、私が知っているリベンさん(その人)は、そんなことをする人じゃなかった。仮に手を差し出しても、きっと言葉数が足りなくなるだろうし、そもそも微笑まない。
その手をとるのは、正しいことなのだろうか。
リベンさんは、亡くなったクロウさんの真似をしている。日に日にクロウさんに近づくリベンさんに胸が痛くなる。
クロウさんにとって、どうやら私は気にかけられる存在だったようで、リベンさんはクロウさんの変わりに私を守ってくれる。
だけど、日に日にリベンさんは消えていく。それを止めることが正しいのかわからない。
リベンさんがクロウさんの真似をするだけなら、まだ「それはリベンさんの為にならない」と言及できたんだ。
だけど、私が目の前にいるのがクロウさんではなく、クロウさんの演技をしたリベンさんだと気がついた時には、後に引けなくなっていた。
日渡優さんが、亡くなった。厳密に言えば、神隠しにあったんだ。小さい頃、お世話になった日渡さん。小さい頃だけど一つだけ、リベンさんと日渡さんが一緒にいた時のことを覚えている。
リベンさんが、何時もと違う顔をしていたからだ。鋭い目付きが、穏やかになってじっと日渡さんを見ているリベンさんが、日渡さんに抱いてる気持ちなんて火を見るより明らかだった。
なのに、亡くなってしまったんだ。いなくなってしまった。おそらく、リベンさんにとって一番守らなきゃいけない人が消えてしまった。
それを知ったのが、リベンさんとイタリアに渡る時。婚約してしばらく経った後だ。情けない。ここでやっと、私はクロウさんではなく、リベンさんと一緒に居たことに気がついたんだ。
神社に向かったリベンさんを迎えに行こうとしたら、リベンさんは、膝をついて泣いていた。何度も日渡さんの名前を歯痒そうに、口惜しそうに呼んでいた。
なにが、間違っていたのか。
リベンさんは、きっとクロウさんの変わりになろうと、クロウさんのために頑張ろうとしただけ。
日渡さんとは、ずっと交流があったから神隠しにあった理由が何となくわかる。「クロウさんは忙しいから、私がリベンくんの成仏をお祈りしなきゃね」って。
日渡さん、もしかしてリベンさんが好きだったんじゃないの? でないと、供養なんてしようとは思わないもの。
あの神社には特別な神様みたいなのが本当に存在していた。だから、日渡さんはリベンさんが天国に逝けるように身を差し出したのではないかと思う。私の隣に、リベンさんはいるのに。
やり方が少しだけずれているが、誰かを思いやった行動だ。必ずしも間違ってない。寧ろ相手のために筋を通してる。
だけど、歪めてしまった大きな原因は私だった。
もし、小さい頃、私がクロウさんにアプローチしなければ。
もし、私を庇ってクロウさんが死ななければ。私が、あのまま死ねば。
もし、リベンさんの演技を日渡さんが神隠しにあう前に気がついていれば。
もし、日渡さんが神隠しにあう前に気がついていれば。
もしもが、一つでも防げたら、こんな結果で終わらなかった。大好きなクロウさんは生きていたし、リベンさんはリベンさんのまま生きることができたし、日渡さんが消えることもなかった。
私が、全てを歪めてしまったんだ。
「……飛鳥? どうしたんだい?」
首を傾げて、私に訊ねるその人の声で我に返る。
そうだ。もしもなんて変えられる訳がない。
ここで、私がリベンさんに「クロウさんの真似は止めようよ」と言ったところで、誰も救われない。救われるのは、私だけで、日渡さんやクロウさんは消えたままだし、リベンさんが今までしたことが水の泡になる。
「……えへへ。ボウッとしてた。ごめんね」
「俺に見とれてとか?」
「自意識過剰」
「HAHAHA。俺は君に見とれているけどね」
だから、私は彼の手をとる。彼の演技につきあう。
リベンさんが口にしないような口説きも、我慢する。
全ては、私に良くしてくれた人に、誠実に答える為に。
願いが、叶うなら。
リベンさんが、リベンさんであれる世界を。そして、リベンさんが後悔しない世界に。
悲しいほど優しい彼に、救済を。
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