最初は、どんな生活を暮らしていたっけ。
今日みたいに凍えそうな夜、俺と兄貴は路地裏に捨てられたんだ。親の顔は、俺も兄貴も覚えちゃいない。ただ、よりにもよって寒い時期に、置いてきぼりにされたのは嫌でも思い出す。
それから、いろんなことしたっけ。飢えに耐えきれなくなって、盗みを始めて生きていたら運良くボスに引き取られて、さらに悪いこと始めて……。
人並みの幸せは、手に入らないと思っていた。裏社会で生きて、恐らく因果応報で殺されるんだと思っていた。ただ、それまで飢えなければ何でもよかった。兄貴さえいたら、生きていけると信じていた。
「りっくん。狭間のクリスマスもなかなかいいでしょ?」
けど、人生どう転ぶか、俺にも分からないことだらけだった。
初恋の相手を諦め、亡くなった兄貴の大切にしてた女を守ろうとしたら、死後兄貴がその女を守りだして、生前に俺が叶えたくて、守りたくて仕方がなかった女と、並んで歩いている。
最初は孤児、今は死んだ先で好きな女と人並みの付き合いをしてる。本当、人生どうなるかわかったもんじゃねぇ。
「……りっくん?」
「……あ、ああ。綺麗だな」
「でしょ? キリスト教とそこそこ交流があるからね。こうしてこちらが興味あるって示せばあちらも悪い気はしないし」
「……考え方がゲスい」
「よりよい関係を築くには必要なことだよ」
クスクスと笑って、魑魅魍魎の世界にアンマッチなクリスマスツリーを見上げた。他の妖怪や亡霊、時々神達もこの不自然できらびやかなツリーを一目見ようと足を運んでいるらしい。
左手は、優の柔らかくて、暖かい手を包んでいた。掴みたくて仕方がなかった、女の手を握れている。もう、離したくない。ずっと、側に居たい。
「あ、りっくん。雪。狭間でも降るんだね……雪女が何処かにいるのかも」
「……ゆーちゃん」
「ん?」
「いや、日渡優さん。……今は美優さん、だよな」
名残惜しいが、美優の手を離して、向き合う。キョトンとした美優より、一歩下がって、ポケットから用意したものを取り出す。人並みの人生を歩めないと思っていた俺の、人生最大の我儘だ。
こういうとき、どうするかわからない。正直、俺がしようとしてるのはありきたりだし、王道過ぎるし、つまらないくらいひねってもいない。呆れられるかもしれない。だけど、俺は、ずっと、このシチュエーションに憧れていたんだ。
膝まづいて、彼女に向かい小さな箱を開く。彼女の目がさらに、丸くなり、信じられないものを見るような目を俺に向ける。
「……俺の、妻になって頂けませんか」
……やっぱり、捻りをかけたほうが、いいのかな。王道過ぎたか。
だけど、美優は呆気にとられたまま、涙を流し始めた。普段めったに泣かないから、慌てて立ち上がって美優の手を握る。
「わ、わるい。恥ずかしかったか?」
「……び、びっくりし過ぎて……えっ。私、リベンくんのお嫁さんになれるの……? マジ……?」
飛鳥ちゃんもいたし、私はそういうのになれないと思っていたからと涙を流して無理矢理笑みを浮かべる美優。
その顔を目にし、俺は美優の左手をとり、薬指に指輪をはめる。
「……なれる。お前は、いい母さんになるよ」
「あはは……りっくんたら。もう赤ちゃんのこと考えてる」
「そりゃ、家族作りたいし……」
「りっくん」
ポロポロと頬に涙を伝わせながら、彼女ははにかみ俺に向かって、頭を下げる。
「ふつつかものですが、よろしくお願い致します」
「……お願い、されます」「なぁに、それ」
「に、日本語は不慣れなんだよ」
「十分上手だけどね」
「……勉強したし」
「りっくんが?」
「俺、だいぶ学あるからな。スゲー勉強したんだからな」
「はいはい」
「あのな」
「毎日おいしい味噌汁作ってあげるから、ね?」
「……それ、毎日家庭を守ってくれるってことか?」
「りっくんは頭が回るねぇ」
「鍛えてるし」
「脳みそを?」
「おう」
「脳筋?」
「意味が違う」
他愛もない話を交わしていれば、俺達は注目の的になっていた。あの世に指輪を送る風習はなく、珍しかったらしい。
きっと、この瞬間、俺達はあの世で一番幸せだったのだろう。
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