番外小ネタ | ナノ






「あ……優」

 やっぱり、浮かれるんじゃなかったなぁ。
 目の前にいるリベンくんが持つ紙袋を見下ろし、ため息をつく。
 巷でチョコの匂いが蔓延する時期。まぁ、今日はバレンタインのわけです。でもここは日本ではなくて、イタリアなわけで。好きな人がチョコをもらってるとは思わないじゃない。それに、私があげたとしても、きっと意味なんて理解しないと思ったんだ。
 なのに、ここはイタリアなのに、バレンタインにチョコをもらいまくってるモテ男子みたいな姿で登場するのか。

「あの、リベンくん。今日はすごい荷物だね……」
「ああ、これか。日本でばれんたいんってやつなんだろ? 女が男にチョコあげて、三月に三倍返ししないといけないやつ」

 間違ってる知識ではないけれど、少し違うところがありそうだけど……そこまで突っ込む気にはなれなかった。

「どいつもこいつも無理やり押し付けやがって……空なんか現金でよこせって言いやがるんだぜ。意味わかんねぇよな」
「は、ははは……」
「ところで、お前も厨房でどうしたんだよ」

 リベンくんはバレンタインに対していい印象を持ってないようで、忌々しげそうに口にする。だけど、急に私をじっと見つめて訊ねてきた。
 私が厨房にいる理由は、もちろんバレンタインチョコを作るためで、現在は冷やしている途中だった。が、あげようとした本人はあまりバレンタインに乗り気ではないようで。

「……お腹空いて、何か食べようかなって」
「……そっか」

 イスに腰掛けて、頬杖をつくリベンくん。何か不満げで、気になった。
 まぁ、きっとバレンタインで疲れてしまったんだろう。

 どうしようかな。
 あげないという手もあるし、むしろそのほうがリベンくんのためかもしれない。
 たくさんもらっているし、私のをもらっても迷惑なだけ。
 いや、そうじゃない。たくさんもらっていても、たくさん食べても、私があげるチョコは、私の思いは、たくさんに埋もれても――それは、大切な気持ちだと思うから。

「……あの、優」
「ん?」
「お前は、その、誰かに、あげるのか……?」

 厨房で生クリームと牛乳と取り出した時、リベンくんはまた訊ねてきた。
 ……えーと、可能性としては、俺にくれないのか……と、お前はそういうやつじゃないのかと……本当にそういう意味か。
 最後の意味があってそうかな。

「あげようとしたけど、あげないかなぁ」
「……あげんな。調子のるだけだからな」
「ははは……」

 相当バレンタインに苦手意識があるらしく、鍋で生クリームとチョコと牛乳を温めて混ぜたものをさっとマグカップにいれて、リベンくんに差し出した。目を丸めたリベンくんはそれを見下ろし首をかしげる。

「……なんだこれ」
「疲れたんでしょ。おちつくと思うからどうぞ」

 あえて何か答えず、それを飲むように促すとリベンくんはしぶしぶとそれに口をつける。そして、やっと小さく笑ったんだ。

「おいしいな。サンキュ」

 わかりやすい固形のチョコレートは冷蔵庫に眠ったまま。
 だけど、わかりにくいホットチョコはあげられた。
 どんな形であろうと、相手を不快にさせずに笑顔にできたこと。
それは、私のバレンタインが成功したのかもしれない証だった。

△▽

「……だぁあああああああああああああああ……!!」

 言えなかった。言えるわけがなかった。
 チョコをくださいなんて言えるわけがなかった。
 うちのマフィアは日本と交流することがおおく、ボスは日本のヤクザに入れ知恵をされることがおおい。だからバレンタインにチョコをあげるなんて文化が導入されて、お礼目当ての義理を押し付けられた。バレンタインはカップルが愛を確かめ合うイベントだろうが。日本の告白文化に感化されんじゃねぇ。テメェの好きな野郎といちゃつきやがれチクショウ。
 でも、それでも、好きなやつからチョコをもらうというイベントに心惹かれなかったわけではない。しかも、日本ではチョコで料理したものを相手にあげることがあるらしい。
 相手のことを思って作ったチョコ。それが好きな人の思いがこもっているなら欲しい。マジで欲しい。それこそ言い値で買う。
 だけど、俺の好きな人はチョコをあげるつもりだったがやめたらしい。優があげるやつで思い浮かぶのは赤髪のクソ野郎だ。そいつが相手なら上げないほうがいい。調子にのるだけだ。ああでも、欲しかったな。優のチョコ欲しかった。なんでどうでもいいやつに御礼目当てでもらうんだよ。知ってんだからな。お前らの本命は兄貴だって!!

「あれ、リベン。どうしたのこんなとこで」
「……兄貴」
「今年もモテモテじゃない」
「全部義理だろ……本人も言ってたし」
「HAHAHA。でもよかったじゃない。優ちゃんからもらったんだよね」
「は……? もらってないけど……」
「え、じゃあそのマグカップは? 見た感じホットチョコだよね」

 え、これココアじゃねーの。
 え……? 俺に気遣ってこれくれたんじゃねーの?
 こ、これ。ま、まさか。優が、その、俺のために作って……くれてたな!! バレンタインありなしともかく!!

「ゆ、優の。優が、俺に……!! え、これ、何なんだ!? 何のために!? 嬉しいけどわかんねぇ! えっ!? どういう意味だ!?」
「貰ったんなら返してあげなよー」
「か、返す。絶対返すけど! でも、これ、兄貴! どういう意味なんだ!?」
「それこそホワイトデーに聞けばいいのに。いまからでもいいけどさ」

 兄貴の言うとおり、今からその意味を聞き出しに走っても良かった。
 だけど、もし万が一これが優の気持ちなら、優から告白するみたいになるじゃねーか。それは、良くないと思う。

「……ホワイトデー、がんばる」
「うん。頑張れ」

 ほんのちょっとでも希望が見えるなら、俺はそのチャンスを掴む努力を惜しまないだろう。
 


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