「ねぇねぇ、優。優ってキスしたことある?」
「あー。まぁ、ね」
「どんな味だった? 甘酸っぱいってなぁに? レモン?」
「酒」
「へ?」
「酔った友達がね、わりと深いのを……。力が強すぎて拒否できなかったんだよね。如月くんは、するつもりないっぽいから唇の前に手を割り込ませたらふせげ……あ」
「優チャンニチョッカイカケルノハダレ?」
「だ、大丈夫だから!!」
「よくないよ! ったく!」
「……私はきっと、これからも誰かに愛されることはないと思うから……酔った勢いでも、それが私でない相手を見てたとしてもちょっと嬉しかったんだよね」
「はぁ!? あり得ないよ! 絶対に!! ない!! 好きな人とするのが一番だよ!」
「夜美ちゃんは、誰が好きなの?」
「いや、それはそのぅ」
「あー。いるなぁ。お姉さんに教えてくれないなんて寂しいなぁー」
「優ちゃん同い年じゃない!」「ふふふ。そうだったね」
「もーー」
ある夜、真っ白な肌を真っ赤にさせてあの人は現れた。
どこで飲んできたのかわからなかったけど、とりあえず部屋で休ませようとしたら、強く抱き締められて、唇に熱いものが当たったんだ。その人がそんなことするとは思えなくて、完全に固まった瞬間に舌が口の中に侵入してきた。驚いて体制を崩した私を、地べたにくみしいてあの人は眉間にシワを寄せながら、口を犯していく。
舌先で私の舌を弄び、口内や歯をなぞる。満月をバックにした大人のキスは腰にくるもので、ビクビクと体が反応していた。
時折舌を引っこ抜けたと思えば、熱い息を吐いてまた続ける。両手はその人に拘束されて逃げられない。いや、正直拘束されなくても力が抜けてできない。
ぴちゃぴちゃとえっちな水のはじく音に、頭が真っ白になってびくりと大きく体が痙攣する。頭がぼーっとして、視界がかすむ。ひゅるりと吹いた風が冷たかった。
「……好きだ」
糸をひいていた唇で、その人は、そう呟いた。
そして、私の体を強く抱きしめ、何度も好きだと口にする。
必死で、すがりつくような愛情表現に、思わず背に手を回してしまう。
今だけは、彼の思う人になりたかった。これだけ思われる相手が羨ましかったんだ。
彼は、何も言わずに強く抱き締め、寝息をたてはじめる。私よりも大きく、おそらく重い彼の体重に押し潰されながら私は苦笑した。
さて、どうやって移動しようかな。
▽△
「……ここ、は」
「リベンくん、起きた?」
ビクリと震えたリベンくん。あの後、なんとかして事務所の奥へと運び、布団に寝かせた。目が完全に泳いでるのは、昨日のこと覚えているからかな?
「……日渡。俺は変なことしてないか?」
ああ、覚えてないのか。
でも、都合が良い。
世の中には知らない方がいいことなんてたくさんある。
リベンくんは優しいから、好きな人以外にキスしちゃったなんて知ったら傷付くでしょう?
「……まぁね」
「な、なにした? まさか、れい」
「倒れてきた」
「……は?」
「リベンくん、ベロベロに酔ってて私が駆け寄るなりぶっ倒れたんだよ。ここまで運ぶの大変だったんだからね」
「……ホントにそれだけか?」
「それだけって?」
「いや、なにもない……」
それ以来、黙り込んでしまったリベンくん。嘘は言ってないよ?
だけど、真実も言わない。
「……わりぃ。ちょっと一人になってもいいか」
「分かった。大丈夫そうならまた呼んで。お粥用意しておくから」
「……面倒かける」
あの夜の内緒話。
私だけの秘め事。
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